電霊真怪
沙房イア
第1話 消しゴムと折り紙(1)
「ペンソル。今日の予定は?」
「AM10時より、ゴウズ・サカキ様がご来訪の予定です」
顔を洗って今日の予定を確認すると、あんまり聞きたくない名前が聞こえてきた。
「アイツかぁ……」
生まれてから一度も笑顔になったことのないような不機嫌ヅラと、キツネみたいな細い目を思い出す。朝から突き合わせるには、あまりにもテンションの上がらない顔だ。
「……メンドクサイんだよなぁ、アイツの案件」
「お断りの連絡を入れますか?」
頭の中からペンソルがしゃべりかけてくる。正直そうしたいところではある……けど。
「いや、ダイジョブ。仕事は仕事だからね」
「了解しました。予定通り、AM10時よりゴウズ・サカキ様がご来訪の予定です」
さて、じゃあ準備だ。ほっぺたを何回か叩いて、洗面台の前に立つ。まずは髪をとかして――。
「サムソン起動。ん~……アウターカラー、パステルライトピンク。インナーカラー、パステルライトブルー」
ボクの体の中のナノマシン――正確には「Slime Mold Biobot=SMB」だけどそんなふうに呼ぶヤツは誰もいない――がざわめいて、髪の毛の光吸収係数を調整する。真っ白だったボクの髪が、あっという間に淡いピンクと水色に染まっていく。
「うん、いいね」
サイドの髪を掻き上げて、くるくると巻き止める。ピンクと水色のマーブルになったお団子が二つでき上がった。
「アイカラー、パープルピンク」
ついでに瞳の色もパープルピンクに変えておく。だいぶハデな印象だけど、あのクソヤクザを相手にするならこれくらいエキセントリックなほうがいい。変にマジメにすると呑まれちゃうからね。
スキンケアして、まつ毛を整えて……一通り残りのメイクを済ませて、余ってた食パンとバターで適当な朝ご飯を済ませると、もう9時50分だった。危ない危ない。
慌ててワイシャツと、いつものレザージャケットとレザースカートを着込む。最後に愛用のデリンジャーを太もものホルスターにしまうのと同時に、インタホンの音が鳴った。
「ペンソル、開けて」
ソファに座って声を掛ける。カチリと音を立てて事務所な鍵が開いた。入ってきたのはモチロン、雨上がりの泥水を煮詰めたみたいな苦々しいな表情をしたゴウズ・サカキだ。相変わらず、葬式みたいな真っ黒なスーツを着てる。
時間は10時00分ジャスト。ヤクザのクセに妙に律儀な男だった。いや、ヤクザだからかな。
「やあ、いらっしゃい」
あえて明るく声を掛けると、ゴウズは細い眼鏡のレンズの奥から、同じく細い目で陰気にボクのことをジロリと睨んだ。
「――相変わらず馬鹿みてェな頭の女だな」
「あ?」
人んちまで来といて一言目がそれ?
「ケンカ売りに来たんだったら帰ってね」
「フン。用で来てんのに帰る馬鹿がいるか」
鼻を鳴らして、ゴウズはボクの正面のソファにどっかりと足を広げて座った。細身のクセに、やっぱりやけに迫力がある。
「もーちょっと愛想よくしてもいいんじゃないの?」
「クソガキに振る舞う愛想はねェよ」
そう言って、ゴウズは堂々と電子タバコを口にくわえた。いっつも禁煙だって言ってんのにこのヤロウ。
「ここに来ると無性に腹が立つんだよ。テメェみたいなガキに、毎度毎度自腹で30万も払う身にもなれ。クソが」
「その分儲けてんでしょ。いいじゃん」
「余計なコストは減らすに越したことはない」
「フンだ。じゃあコスト削減して、オバケが出る事故物件のまま売ればいいんじゃん?」
チッと舌打ちをして、ゴウズはテーブルの上に携帯端末を置いた。結局有利なのはこっちなんだから、ケンカ売らなきゃいいのに。どーせお化け退治なんて、他に頼むアテもないんだからさぁ。
タブレットの画面から、ホログラムでできたビルの映像が投影された。中途半端にギリシャ神殿風の装飾がついた、3階建てのビルだ。「Victoria」ってLEDネオンサインで書かれた看板がでっかく屋上に置かれてる。これは……。
「ラブホじゃん」
「まあ……そうだ。借金のカタに取り立てた」
「なんでギリシャ風の飾りなのにヴィクトリアなの?」
「知るか。馬鹿だったんだろ」
そう言って、ゴウズは苛立たしそうに電子タバコの煙を吐いた。妙に甘ったるい匂いのタバコ。
「本題だ。1年前に、302号室で商売女と客の無理心中事件が起きてる……ここだな」
ビルの一室がズームされて、ベッドとシャワー室のある、ピンク色の部屋が映し出された。
「すぐに改装されて営業は再開されたが……それからだな。殺された女の霊らしきものが目撃されるようになった。折り悪く、客の貴金属類の盗難が相次いだらしい。霊が出る上に物もなくなるってんで、当然客足は遠のいた。結果、事件から1年でめでたく倒産ってわけだ」
なるほど。
「なんか、メーワクな話」
「全くだ。まあ、お陰でウチはいい物件が手に入ったわけだがな」
「オッケー。じゃ、とにかくその女のユーレイを何とかすればいいわけね。いつも通り、一件30万プラス必要経費でよろしくね。ペンソル、見積もり送っといて」
「了解しました。ゴウズ・サカキ様に一件の見積もりを送付します」
ゴウズの電脳にメールが届いたみたいで、不機嫌だった顔がより一層渋くなった。
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