14

 「ごめんね。全部捨てとくから。」

 滉青はそう言って、床に散らばった白い食器類を集めて、キッチンの棚から持ってきた大判のゴミ袋に入れた。美雨はそれを黙って見ていたけれど、滉青がそのゴミ袋を持って部屋を出ていこうとすると、彼を呼び止めた。

 「待って。」

 滉青は、ベッドの前に硬い身体の線をさらして立つ美雨を、静かに振り返った。少しでも物音を立てると、彼女が口に出そうとした言葉たちが霧散していってしまうような気がしていた。

 「……捨てないで。」

 ごく小さな、なにかを恐れるような声で、彼女が言った。滉青は、ただ黙って首を傾げ、無言で彼女に先を促した。美雨は、そんな滉青をじっと見つめながら、微かに震える唇を微笑ませた。夜用の華やかな化粧で飾られているのに、その唇は色のない少女のそれのように見えた。

 「駄目だと思ってるの。 ……あのひとは戻ってなんかこないのに、こうやってなにもない部屋で暮らしてれば、あの頃に戻れるんじゃないかって、もしかしたら迎えにきてくれるんじゃないかって、思ってて。……そんなの、駄目だって思ってる。」

 美雨の白くて小さい前歯が、薄い唇を噛む。滉青は、やっぱり黙っていた。自分がつけ入る隙なんてない話だし、黙っている以外にできることなんてない。

 「だから、捨てないで。……部屋に、置いときましょう。テーブルも、お皿も、クッションも。」

 滉青は、美雨が泣き出すのではないかと思ったけれど、彼女は泣かなかった。きつく唇を噛み締めながら、その場に立ち尽くしていた。

 「……つらくは、ない?」

 滉青が訊くと、彼女は軽く肩をすくめ、笑みを深めた。

 「はじめは少し、つらいものでしょう。なんだって。」

 その言葉を滉青は、あまりにも悲しい悟りかただな、と思ったけれど、なにを言うこともできず、蹴倒されたテーブルを起こし、ごみ袋に入れた食器類を取り出して並べ、ベッドに放り出されたクッションをテーブルの脇に配置した。美雨は、黙ってその様子を見ていたけれど、ふと思いついたみたいに、けれど多分本当は、ずっと考えていた言葉なのであろう台詞を口にした。

 「ここにいても、あのひとは来ないわよ。」

 滉青は、ごみ袋を畳みなおしながら、そっか、と返した。だったら出ていくよ、とか、そんなことは関係ないよ、とか、美雨さんの側にいたいだけだよ、とか、思いついた言葉はいくつかあったけれど、どれも口に出すほどの大きさの衝動にはならなかった。

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