第11話 断罪 その2

 35年前にカルダンを唆し、国王夫妻に愛人を提供させ、さらにはバラナーゼフ王国に進軍を命じた貴族である侯爵のベイスチンは、バラナーゼフ王国の国王がアルリビドに変わったことに困惑を感じていた。


「今回のこと、間諜からの報告がなかった。それだけではなく、暫くパールやヒスイからの手紙も届かない。俺の介入がバレたか? だが隣国の貴族である俺に手は出せまい。フハハハッ」



 それでも強い焦燥はなく、若い国王達を驚異にも思っていなかった。それだけ彼は、強い自信を持っていたのだ。



◇◇◇

 前国王ミュータルテの愛人であるパールと、前王妃メルダの愛人であるヒスイ。


 彼らはベイスチンの送り込んだ間諜であった。

 幼い時からベイスチンの奴隷として育った彼らに、選択肢はなく、その腕に刻まれた花びらのような契約紋は、逆らうことで全身へ激痛を与えるものだった。




 愛人契約で城に入った彼らも、35年と言う時間を経て年を重ねた。

 当時の国王が28歳でパールは16歳、王妃が24歳でヒスイが18歳であった。


 この年月は彼らにあった恋や愛を越えて、まるで家族や親友のような状態になっていく。


 間諜であった彼らはミュータルテ達に寄り添ったことで、ベイスチンに報告は続けていたが、決定的なことは告げていなかった。

 完全に逆らおうとしたこともあったが、全身の激痛で起き上がれなくなったことで、ミュータルテ達に心配をかけてしまうことがあり、適当に報告することに決めたのだ。


 罪の意識からベイスチンのことを話そうとするが、何故か伝えることが出来ず、愛人と言う名ばかりの相談役を続けることになった。


 パールもヒスイもミュータルテ達の苦しみを知り、何とかしてあげたいと思うが、契約紋のせいで思うように動けない。契約に逆らうことになる為、彼らと共に死ぬことすら出来ないようだ。


 一度毒を共に煽ったことがあった。

 ワインに入れた蛇毒で。


 ミュータルテ、メルダ、パール、ヒスイが同じ毒入りのワインを口に入れた際、パールとヒスイは魔方陣が作動して治癒されてしまった。


 動けるようになったパール達は、急いで医師を呼んで毒の種類を伝え、ミュータルテ達を解毒させた。


 その時は回復したミュータルテが、公にしないように言ったことで、このことが外部に漏れることはなかった。



「パールは不思議な力があるのか?」

 ミュータルテの問いに、パールは答えられない。


 けれどパールは腕の契約紋を指差した。

 この国の魔法知識では、契約紋のことを知る者は誰もいなかった。

 それでも訴えるようなパールの表情で、それが関係するのだと思えた。


「そうか……。お前達が助けてしまうなら、我らは自死も出来ないな」

「そのようですね、貴方…………ぐすっ」


 寂しそうに語るミュータルテとメルダに、悲しくなるパールとヒスイ。

 彼らパールとヒスイは、自分達を大事に扱ってくれたミュータルテとメルダとなら、死出の旅も付き合おうと思い毒入りのワインを煽ったのだが、治癒されてしまった。


 それを見た後のミュータルテとメルダだから、さらにこう考えてしまった


「もし二人パールとヒスイに願い、我らが死ぬのを黙認して貰っても、きっと犯人にされてしまうだろう」と。

 

 もし犯人にされなくとも、止めなかったと指摘され、罰を受ける筈だと。


 共に逝けるならまだしも、残される者が酷い目に合うのは辛い。そう思い、また、無理やり生きることにしたミュータルテとメルダ。



 

 彼らの魔方陣は契約に反することにより、契約紋から作動するが、もし騎士に連行されて拷問を受けても、治癒の魔法は働かないだろう。

 ベイスチンのことは話すことは出来ないだけで、拷問により傷を追い続け死ぬことになったとしても。


 自ら死ぬことを許さないと言う、その権利を奪われているだけなのだ。



「なんて酷い魔法なのだろう。こんなことは許されない…………」


 それで命を繋いだミュータルテとメルダだったが、彼らにそれは救いではなかった。


 彼らの苦悩は、パールとヒスイの心にも悲しみとなって降り積もった。


(私達はここから出ていけない。命令に逆らえば、全身に劇痛が襲い、心配をかけるだけだ。その苦痛も死には至らないのだから)

(私達さえいなければ、ミュータルテ様も楽になれたのに。ごめんなさい、ごめんなさい。あぁ……)




◇◇◇

 その様子が鈍いオーロラにも分かる時が来た。

 メルダはアルリビドを生んだ後、オーロラを出産した。

 アルリビドを生む前には、メルダはヒスイと抱き合うことはなく、彼は正真正銘ミュータルテの子供である。


 けれどオーロラはヒスイの子であることを、彼女は知っていた。そのことを知ってもミュータルテは、メルダのことを嫌いにはなれなかった。


 二人は時に寄り添い、共にオーロラに愛情を注いだ。それは罪の意識もあったのかもしれない。


『オーロラはミュータルテの子ではない。不義の子にしてしまった』との思いを。

 

 それがアンディとの婚約騒動にも繋がったのだ。

 どうしてもオーロラを笑顔にしたいと、突っ走り過ぎて。



 宮中のことは多くの侍女が知っている。

「オーロラ様が生まれる前は、ミュータルテ様のお渡りが少なく、その反面ヒスイとご一緒のことが多かったのよ。きっと王女様オーロラ様はヒスイの子に違いないわ」


 そんな噂が流れミュータルテは否定したが、信憑性がある噂を鎮めることはできなかった。それに本当にオーロラはヒスイの子であったのだから。


 噂により高位貴族はオーロラの降嫁を望まず、ミュータルテからの打診もやんわりと断られることになった。


 政治を投げ出している身で強く言えず、その後暫くは婚約の話は保留にしていた。嫡子のアルリビドにも婚約者がいないのだから、何も変なことはないと一応は思われた。




 そしてある時、ベイスチンと繋がりのある貴族家の侍従がミュータルテに囁いた。


「ヒスイは隣国貴族の間諜です。もしヒスイの子だとハッキリと証明されれば、ヒスイと共にオーロラ王女も処刑されることでしょう」と。


 さらに話し続けるその侍従は、「それを公にしない為には貴方様が王であり続けるしかない。でなければ、貴方様が退位した瞬間に、我が国が魔法で血縁関係を証明することになるでしょう。あくまでも善意の形でね」と脅しをかけた。


 隣国とは国交はあれど、王位に関わることに口出しは出来ない筈だ。だがその時のミュータルテには、それを判断できる余裕がなかった。相談できるような側近も、最早居なかった。


 彼らを見る従者達は、ミュータルテの兄こそ王に相応しいと思い、彼を甘く見て尊敬していない様子が窺えた。それを感じていた彼も、心を閉ざしていたからだ。


 隣国と繋がる侍従を放って置けず、監視する目的で傍に置けば、それを良いことにその侍従は好き勝手に横領にも手を染めていき、手が付けられなくなった。

 そもそも彼は、どこまでもミュータルテの敵だった。


 そんな状態からますます政治は彼の手を離れ、腐敗が進んでいくが、既に制御は不可能となっていった。




◇◇◇

 パールとヒスイは騎士に捕縛された時、自らの弁明はしなかった。それのみならず、ミュータルテとメルダの減刑を求めたのだ。


「私は死刑でも良いです。けれどミュータルテ様達は私達を庇う為に、辛い立場に甘んじていたのです。どうかお慈悲をお願いします」


「俺も死刑で構いません。ですからどうぞ、ミュータルテ様とメルダ様を助けて下さい。お二人は我らの為に、王位を降りられなかったのです」



 二人の訴えには熱意があった。自分の死をかけてミュータルテとメルダの助命を嘆願しているのだから。


 この訴えから前国王は、ただの愚王ではなく何か事情があったのではないかと思われることになったのだ。




◇◇◇

 さりとてオーロラや愛人達の為に、政治を手放し散財を続けた事実は残り審議になった。


 ミュータルテとメルダは、パールとヒスイを助けてくれるならと、アルリビド達が知らなかった情報を調査官に伝えることになった。その中には契約紋のことも。


 アンディを呼び出して、パール達の魔法の契約紋を見て貰うと、彼は酷く嫌な顔をした。

 

「この紋章は、もう200年も前に尊厳を奪う酷い物だと(当時の)各国で認定され、使用は禁止されている遺物だ。これは禁忌の紋章だぞ。胸くそが悪くなる!」


 彼は転生前の帝王学でこの紋章を知っていたが、今の隣国では帝王学でも触れない内容だろう。それこそ国王になってからでしか、知り得ないことになっている筈だ。


 それを知っているのは、昔から奴隷商売を生業としている者達のみだろう。国の決定に背き未だに非人道的な契約紋を使っているのだから。

 恐らく表向きは、使用を疑われていない立場にいるのだろう。


 そしてアンディは、ファルコ侯爵が関わっていたラキリウム共和国のベイスチン侯爵のことを思い出していた。

 彼の聞いた話ではファルコ侯爵はベイスチンから、高額の宝飾品を何度も購入していた。時には違法な動物も国内に密輸していたと言う。


 この情報は、アンディの弟子からのものだった。

 ヒスイ達の話を聞いた後、何故か彼の悪役探知センサーに、ベイスチンのことが強烈に引っ掛かった。


「ちょっと待ってて、今このベイスチンって奴のこと調べて来るから」


 アルリビドにそう告げてから、彼の執務室から隣国へ空間転移したアンディ。


「頼んだよ、アンディ。ヒスイ達にかけられている契約紋が、謎を解く鍵になりそうだから」


 到着を待つアルリビドだったが、待つこと2時間で彼は戻って来た。

 す巻きにした男を連れて。


 その男の口には魔法がかけられているのか、モゴモゴと何かを訴えているようだが、まったく声が聞こえなかった。


「お義父さん、聞いて下さい。とんでもないことが分かりました。35年前にカルダンを唆して、辺境の地に元軍人達を寄越したのはこいつらしいです。

 いつも通り執務室を漁っていたら、鍵付きの引き出しに証拠書類がワンサカありました。


 その中にはパールやヒスイのこと、そしてバラナーゼフ国の簒奪計画書も出てきました」


「何だと! お前があの元軍人達を騙して辺境に寄越し、そして子供達を売る為に船に箱詰めした元締めか。俺はずっとお前に会いたかったぞ!!!」


 

 アンディも怒っているが、ジョニーの怒りはそれを上回っていた。

 あの時の元軍人達は、普通に働けばまだ生きていられただろう。少なくとも辺境の地で無駄死にすることはなかったはずだ。


 それに子供達もそうだ。もし辺境で止めていなければ、皆泣きながらながら誰かに売られ、今も苦しんでいた筈だ。


 ジョニーはすごい剣幕で、今にもベイスチンを殴り殺しそうだった。



「アルリビド、俺に任せてくれないか? もう我慢出来ないんだ!」

「ちょっと待ってくれ、ジョニー。隣国の侯爵を裁かず殺すのはさすがに駄目だ」


 慌てるアルリビドに、アンディが軽く言う。


「ああ。それなら大丈夫だよ。君達にしか明かしてない空間転移で、一瞬で移動して来たから」


「それは置いておくとして、最初の目的は契約紋のことだっただろ? まずはそっちを解決しよう。ジョニーは少し落ち着いて、いいね!」


「うぬ、仕方ないか。手早く頼むぞ、アンディ」


「分かってるよ、お義父さん。任せて!」


「(あぁ、もう。どっちにも任せられんわ!)取りあえず、パールとヒスイのいる牢に移動しよう。もし契約紋の解除ができるなら、頼むよ」


「ああ、たぶん出来ると思う。契約を跳ね返すのに、ベイスチンがいると反応が分かりやすいから、連れて行くよ。違法契約の解除でこいつが多少傷付くのは仕方ないよね。ねえ、国王様」


「…………まあ、違法契約の解除の傷なら自業自得だな。それは私が証言しよう」


「やったぁ。じゃあ、遠慮なくチャチャとやるね!」


「うん。でもなるべくなら丁寧にって無理か! もう良い、やってくれ」


「ありがとうね、頼りになるぅ」



 その言葉の後、あえてベイスチンを引きずりながら、地下へ進んだアンディ。空間転移の方が楽なのに。

 自分には身体強化をかけて、ベイスチンの襟元を掴み、階段をスイスイ下っていく。


 階段を降りるごとに、“ ゴチンガチン ”とスゴい音がするが、アンディが気にすることはない。


 下に降りるとジョニー達に頼んで、パールとヒスイを同じ牢へ一緒に入れた。牢の前に人壁を作って貰い、中が見えないように隠し、解除の魔方陣を描いていく。


 ベイスチンは今後のことを考えて、憤っていた。

「(どうせ契約紋の解除など、この国の人間にはできん。共和制になって、名ばかりの貴族になってしまったが、金もコネも持つ俺に勝てると思うなよ。絶対後悔させてやるからな!)う~、うぐっ、うぐっ!」



「戻っる、戻っる、戻ります。クソ野郎に跳ね返せ。エイッ!」

 解除の魔方陣を描きながら、かけ声を掛けるアンディ。あくまでも魔方陣が必要で、かけ声は添え物である。


 まずはパールの解除が完了すると、ベイスチンの体が仰け反り苦悶の表情を浮かべていた。まだ声は聞こえないが、叫んでいるのだけは分かった。

「(ひぎゃぁぁぁ、痛い痛い痛いぃぃぃ、止めろー!!!

)ぐげっ、ぐうぁ」



 一方で解除されたパールには、特に変化はないようだ。

「あ、嘘っ。腕の契約紋がなくなっている。ありがとうございます! これでミュータルテ様が脅されていたことを、証明できます! 私はどうなっても良いので、ミュータルテ様とメルダ様の減刑を、どうかよろしくお願いします」


 その後ベイスチンがミュータルテにしたことが、ハキハキと告げられていくが、アルリビドがストップをかけた。


「この後の話しは執務室で聞こう。まずはヒスイの契約紋の解除を先に」

「はい。では後程に」



 そして今度は、ヒスイにかけられた契約紋が解除されていく。


「戻っる、戻っる、戻ります。クソ野郎に跳ね返せ。エイッ!」


「(何でまた解除が!) ぎょえぇぇ、ヒグゥ、ホゲグォ………………」


 ヒスイも特に苦痛はないようで、腕の契約紋がなくなったことを喜んでいた。

「ありがとうございます。これのせいで、どれだけ迷惑をお掛けしたことか。俺は殺されても良いから、ミュータルテ様とメルダ様を助けて下さい。理由はこれから説明しますので、どうかお願いします!」



 彼らを連れて国王の執務室へ移動し、証言を聞くことになった。

 あの後気絶したベイスチンは、そのまま牢に転がしたまま鍵をかけて来た。

 違法の契約紋を使用しただけでも、ラキリウム共和国ではかなり重い罪になるはずだ。ただこの国にはその契約紋自体が確認されておらず、それらの法律がないことで、罪には問えない状態である。

(何で法律を作ってないんだ。……そうか、魔法に詳しい者がいなかったんだな。クソッ)



 ただ愛人だった二人は、自分のことはどうなっても良いと言い、改めてミュータルテとメルダのことばかりを嘆願していた。

 契約紋の関わりがあった過去の出来事、絶望し国王だったミュータルテと王妃だったメルダが自死を選ぶも、一緒に死を選んだパール達が生き返り助けてしまったこと。

 そしてパール達が罰を受けることを嫌い、無理に生きていたこと。

 オーロラがヒスイの子だとバレて、恐らくベイスチンの息のかかった侍従にまで脅されていたこと。

 やけになって散財したことはいけないことだが、ミュータルテが助けを求められる環境になかったことと、後になると脅されていて助けを求めるとオーロラを処刑されると思い込んでいたこと等も。


 パールとヒスイは泣きながら、自分達に学があれば助けられたのにと、強く訴えていた。



「ああ、だからなのか。俺が声をかけた時、ミュータルテが援助を断ったのは。その時にはたぶん、もう……」

 偶然登城していたガルドレイが、辛そうな表情で呟いた。


 執務室に詰めていたアルリビド、アンディ、ジョニー、トリニーズ、ジョルテニアが、ガルドレイと共に深く考え込む。



「考えれば考えるほど、ベイスチンが原因のような気がする」とアルリビド。


「こいつ邪悪過ぎるな」とアンディ。


「ミュータルテ様が自害をしようとして、毒のワインを飲んでいたなんて。一度毒杯を煽ったようなものではないですか」とジョルテニア。


「こいつには35年前の恨みもある。無念な元軍人達の命は帰って来ん。残された家族は、どんな風に生きただろうか?」とジョニー。


「酷いことだ。俺は何も知らず、国王であったミュータルテを恨んでいた。もっと話をしてみれば良かったな」と、トリニーズが言う。

 彼からすれば大事なアンディを守る為だったが、かなり冷たくした思いがあった。



 パールとヒスイにしても、契約紋で逃げることも出来なかったようだし、本当に邪悪過ぎるベイスチンだ。



 声には出さないアンディだが、彼は隣国でビーン・ドランジェ男爵令息を陰ながら断罪していた。それは(前世の母親の生まれ変わりの)ハルカの父親が詐欺に嵌められ、彼女にもいやらしい魔の手が伸びそうだったからだ。


 これについて後悔はなく、今回のことで隣国も腐った貴族が多いと実感していた。降りかかる火の粉は、払うべきだと。

 


 そんなことを考えながらアンディは、ミュータルテとメルダ、そしてパールとヒスイの罰を決めていた。

 これに賛同をして貰うべく、プレゼンを構築している彼の口角はあがっていく。


 それに気付いたトリニーズは、どうか突飛なことではないようにと願うのだった。



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