22.食堂
「それにしても凄いですね。サリア嬢はずっとテツオさんのことを話していましたよ」
ミカゲが嬉々として語ったのは夜の二〇時。グレゴドール一家の夕食が終わった頃、使用人専用に設けられた食堂に移動し、二人で魚料理に舌鼓を打っていた。
「なんて言ってた? 悪口?」
「はい、大半は悪態でしたが、良い傾向だと思います。テツオさんのことを『口は達者だけど常識知らずの愚鈍』と評される一方で『これから多くのこと叩き込まないといけない』とも語られていたので」
狙い通り、サリア嬢との距離を縮められた。
『ちゃんと教えれば覚えてくれる飼い犬』くらいに思ってくれている丁度良い塩梅だ。
主人として『導けている』という実感をサリア嬢に感じてもらうことで、彼女に一定の充足感を与えられるはずだ。
「よかった。サリア嬢にしつこく質問しに行って。まあ、実際あまり知らないしね。この世界の常識を」
「初日でこれは大きな成果ですね。もう少しすればサリア嬢の相談役にも成り上がれそうですね」
「うーん、なれたらいいけどね」
まだまだ大きな壁がある気はするが、そこまで到達すればかなり楽ができる。サリア嬢の口から容疑者を絞れるような発言が飛び出せば、調査は一気に進展するだろう。
ただ、サリア嬢も把握していない人物が惨殺計画を練っていた場合、サトルや別働隊が仕入れた情報を元に推理しないとならない。
それは、ひどく困難を極める。事件が起きていない状態で犯人を特定するなんて、世に名を轟かせる名探偵でも不可能に近い。今できることは、関係者の過去と動機を探る以外に方法がない。
[戻りました]
そこで、二人の意識にサトルから脳内通信が送られる。
声の輪郭がくっきりしている。どうやらグレゴドール城に帰還できたらしい。
[今、食堂にいます。サトル君も一緒に食事にしませんか?]
[了解です。腹ペコやぁ]
ミカゲとの通信を終え、一〇分ほど経過した頃合い。
サトルがヘロヘロと肩を落として食堂に入室してきた。
「すんません、別働隊とも連携して調査を行ってみたんやけど──」
「何も見つからなかった?」
テツオが汲み取ると、サトルは机に肘をついて項垂れる。
「そうなんす。シュミレーターで再現したサリア嬢の死体、その胸に刺さってたナイフと同じ物を探してみたんですが、モリスをはじめ、家庭教師四人の屋敷からは何も……殺人を計画しているような物的証拠も特になし、です」
そうなると、やはり今の段階で絞れるわけもない。
「了解です。やはり簡単にはいきませんね。サリア嬢に手紙を送った貴族たちも調べないといけませんね」
ミカゲが眼鏡の位置を直しながら「ふうっ」と疲労が滲む呼気を漏らす。
わかっていたことだが、調査対象がとにかく膨大だ。今日送られた手紙だけでなく、明日も明後日も手紙が届くと言う。
もちろん、父親であるドミニクスと母親であるラヴィア、その他使用人による犯行であることも考慮しておかないとならない。
「サリア嬢がいつ死んじゃうかってわかってないんだよね?」
「はい。研究室の占いスキルによると、一ヶ月以内であることは絞れていますが……私たちの介入によって前後することもあり得ます……」
テツオは眉根を揉み、ミカゲは相貌に影を落とす。
やはり楽はできない。死亡する日付がわかれば、その日に対応するという手っ取り早い手段もあるのだろうが──
「とりあえず、一ヶ月のスケジュールを見ようか。人が集まる日を知りたい」
テツオの提案に、ミカゲはキラリと眼鏡を輝かせてこめかみに指を当てる。
「七日後の昼、ご友人とのお茶会がこの城で開かれます。それと一三日後、サリア嬢のお誕生日会があります」
「じゃあ、その日に外部から来る怪しい人物を絞ろう」
後は当初の予定通り、使用人として環境に溶け込みながら、屋敷に出入りする人物と家族、使用人に的を絞って調査を進めるのみ。
そんな算段を立て、三人で頷き合い、引き続き夕食を手早く口に運んでいた。
あまりのんびりしてると、サリア嬢にまたドヤされてしまう。
「テツオさん、それ……」
ふと、ミカゲが瞠目し、テツオの手元を指差した。
言われて、テツオも自身の手元に視線を走らせる。
「え……」
すると、握ったフォークの先端が──グネグネと波打つように踊っていた。
アスファルトの真ん中で絶命するミミズのように、のたうち回っているのだ。
「うわぁッ、気色わる!!」
慌ててフォークを手放し、席を立って距離を取る。
テツオは大いに混乱して口をあんぐり開けた。意味が分からない。今まで口に運んでいた食器が、異世界独自の擬態するタイプの昆虫だったのだろうか。
「なにこれ!?」
「落ち着いてください。大丈夫ですよ」
取り乱すテツオに相反して、ミカゲは朗らかに言い、サトルはケラケラと肩を揺らしてのたうち回るフォークを手に取った。
「テツ兄、おめでとう!」
「おめでとうございます!」
二人して微笑ましいとばかりに拍手を送ってくる。
その笑顔は、初めて夢精した十三歳の夜、母親に赤飯と共に送られたもの似ている。
イヤだ。そんな目で見るな。三〇のおじさんを思春期に戻すな。
「ようやく、テツオさんにスキルが降りてきたんです!」
反して、ミカゲからそんな祝福を送られた。
そういえば──スキル取得の申請をしていたのをすっかり忘れていた。
ようやく、天界からのダウンロードが終わったようだ。
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