(小話)5-1-2 たとえあたしを殺しても、先輩の星に連れて行ってくれますか?
「先輩って、宇宙人じゃないんですか?」
「……どうしたの、急に?」
窓から差し込む午後の光が、旧図書室の埃をふわふわと照らす。
静かな空間で、あたしの言葉だけが、やけに元気に跳ねた。
「いや、なんか……先輩って、美人すぎて浮世離れしてて。夜中に光に包まれて、スーッて空に帰っていきそうな感じ、しません?」
「しない」
「即答っ!? ちょっとは迷ってくださいよ~!」
「……飛鳥ちゃんは、あるの?」
先輩が、じっとあたしを見つめる。
そのまなざしは深くて、まるで心の奥まで覗かれてしまうよう。
だって。瞳の奥に揺れる、光の粒さえ、きれいだ。
どこか違う星から来たように思えてならない。
「……えと。自分が宇宙人って思うとき、ですか?」
「うん」
「そりゃ、ありますよっ。夜中にふと目が覚めたときとか。あれ、ここって地球? って……」
「……たぶん、夢」
「いや、でも! 朝起きて、鏡見たら、ちょっと顔が違う気がして……!」
「寝起きでむくんでただけじゃない?」
「むくみで別人は、地味にショックですよぉ……」
しょんぼり肩を落とす。
「……ごめん」
先輩まで、ちょこんと申し訳なさそうに眉を下げる。
「そんなつもりはなかった。……ごめんね」
「え!? いえいえ、気にしてないですよっ! むしろその一言で宇宙救われましたから!」
「宇宙……?」
そういう気遣いまで、ちゃんとしてくれる。
先輩、ほんとに地球人じゃないのかも。優しさの惑星から来ている気がする。
「……宇宙人って。対象を連れ去るとき……解剖とかするんですよね?」
「……しないと思う」
「えっ。殺さないと、宇宙人とは言えなくないですか?」
「どこの宇宙基準?」
顔色ひとつ変えずに、先輩は常識で宇宙を斬った。
「でも、テレビで見たんです! 脳をスプーンでほじくられるやつ! ああ怖いっ」
「それはホラー映画じゃない?」
「えっ……違うの!?」
無表情の奥。
先輩の目元が、かすかに綻んだ気がした。
「……でも。ちょっと宇宙人っぽいと思ったことなら、あるかも」
「えっ。誰が!? ……先輩ですか!?」
「飛鳥ちゃん」
「何でですかーーーっ!!!」
あたしが笑って、先輩が受け止めてくれる。
ふたりの声だけが、旧図書室に生じて、やがて消えていく。
外の世界から切り離された、誰にも邪魔されない時間。
ここだけが世界の全てみたいだった。
「……ねえ、先輩」
そっと口を開く。
「もし先輩が、本当に宇宙人だったとしても。あたしを迎えに来てくれるなら……ぜんぜん行きますよ。宇宙」
その声は、旧図書室の静寂にふわりと溶けて、まるで秘密みたいに残った。
教科書に落ちていた先輩の視線が、あたしに向く。
その瞳が、ほんの少しだけ揺れて見えた。
「……地球、捨てるの?」
「捨てますっ。宇宙服着て、先輩の星まで行きますっ!」
「……わたしが連れ去るんでしょう?」
先輩は目を細めた。
その顔が、ほんの少しだけ、悪戯っぽい。
「飛鳥ちゃんが宇宙服を着るまで、誘拐犯って待つものかな」
「えっ。……えっ!? ……待ってくださいよ!?」
心臓が、ふわっと跳ねた。
誘拐。
先輩が?
冗談めいて聞こえるのに、冗談に聞こえない。
いや違う。あたしのほうが、期待している。
先輩から、耳元で”あなたを連れ去る”なんて囁かれたら――。
きっと、何の躊躇もなくついていく。
けど。
「……着替える時間、くださいっ!! 心の準備も、3日くらい必要ですからっ!」
「……3日は長い」
「うう……。じゃ、じゃあ何日ならいいですか?」
「3秒」
「はやっ!? いや、ムリですよ!? そのスピード感はヤバいですって!!」
「じゃあ、2秒に延ばしてあげる」
「むしろ縮んでますからっっ!!」
「……でも」
先輩は、ページを指でなぞるようにしながら、ぽつりと続ける。
「連れ去るのは、たぶん、わたしのほうじゃない」
「……え?」
それきり、先輩は何も言わなかった。
「……先輩? どうしましたか?」
教科書に目を落としているけれど、同じページのまま。
ノートのペン先も止まったままだ。
ただ、髪をかき上げた、その横顔――。
耳が、ほんのりと赤く染まっていた。
もし先輩の正体が、本当に宇宙人で。
たとえあたしを殺しても。
それでも、先輩の星に連れて行ってほしいと思う。
あたしの骨は、先輩の星に撒いてくれたら、嬉しいな。
……なんて。
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