宇宙船で異世界スローライフ ~バトロイドとセクサロイドと私の異次元開拓日記~

キングおでん

第1章 こんにちは、異世界!

第1話

 宇宙そらは静謐だった。

 無音の闇、数え切れぬ星々が遠い過去の断片のように冷たく明滅している。人類の知覚も、意志も、何もかもが到底届かぬ深淵。

 

 その静寂を突き破ったのは、警告灯の赤い閃光と甲高いアラームだった。

 

〈エンジン系統、温度異常――急激な上昇を検知〉

〈外部センサー:超新星爆発を観測〉

〈エネルギーフィールドへ高エネルギー干渉波、異常値〉

 

「……こんな距離で超新星だなんて」

 

 艦橋の空気が一瞬で張りつめる。

 副艦長・東雲マリアは、眉間にしわを寄せつつ、艦内ネットを掌で操作して即座に警戒態勢へと移行した。この時、艦長はリラクゼーションルームで休養中。マリアに全指揮権が委ねられていた。

 指先にのしかかる責任の重さが、今までにないほど実感となって肩へ圧し掛かる。

 

 艦橋のメインスクリーンには、遠方で閃いた超新星爆発の白い光。そのエネルギーが次第に空間を歪め、星図の座標がじわじわ乱れていく。

 

 周囲には、マリアの補佐役である副官型セクサロイド・リリィが立っていた。銀髪ショートの彼女は、冷徹なまでの知性と無駄のない動きで有名な存在だが、AI音声にはかすかな動揺が滲んでいる。

 

「副艦長、外部センサー解析――超新星爆発による衝撃波、推定到達まで98秒です。エンジン系統への負荷が増大しています」

 

「全乗員、耐衝撃シートへ――即時固定! サクラ、医療システム待機。ローズ、遮蔽シールドの状況を報告して」

 

 号令とほぼ同時に、ピンク髪の小柄な少女型セクサロイド・サクラが、素早くマリアの隣のシートに腰掛けた。普段は和やかな笑顔を絶やさない彼女も、今はAIらしからぬ緊張で表情が硬い。

 

 背後では、長身で筋肉質な黒髪ポニーテールのローズが、操舵席に腰を固定し、太い腕で操作パネルを握っている。いつもの関西弁の調子も、緊急時ゆえに低く抑えられていた。

 

「副艦長、遮蔽シールド最大出力中や! けど、推定されとる衝撃波のエネルギーが……物理限界の二倍以上や。現行スペックやと正面から受けたら持たへん!」

 

 リリィの冷静な声が重なる。

 

「エンジン負荷、臨界寸前。波動異常が主推進系統に干渉しています――このままでは自壊の危険が」

 

 システムパネルには赤色アラートが次々と連鎖した。

 

〈エンジン出力:上限突破〉

〈航行管制システム:高エネルギー波動異常〉

〈外部センサー:超新星爆発由来の衝撃波、到達まで72秒〉

 

 マリアは歯を食いしばった。咄嗟に「全て指揮する」と口にしかけたが、今さら宣言する意味はない。既に自分が全責任者だ。

 

 (こんな状況、想像もしてなかった。……だがやるしかない)

 

「リリィ、空間座標の乱れは? ジャンプナビゲーション可能?」

 

「計算中。空間歪曲が急激に拡大、星図データが乱れています……」

 

 スクリーンには、現実にあり得ないほど星の座標が引き攣れ、空間そのものが波のように揺らめく異様な光景。

 

〈遮蔽シールド:最大展開中〉

〈次元ジャンプ推奨――成功率2.1%。座標精度保証不能〉

 

 マリアは即断した。

 

「リリィ、ジャンプ座標はAI自動補正で構わない。時間がない、即時ジャンプ準備!」

 

「了解。全データ投入、ジャンプシークエンス移行――複数異常検出、最適化不能」

 

 サクラが両手をシートの端で握りしめ、唇をわずかに噛みしめる。

 

「どうか皆さん、無事で……」

 

 ローズは天井のグリップを強く握りしめながら、息を詰めた。

 

「……こんなん祈るヒマもあらへんで」

 

 艦内警告音の間隔が一層早まり、照明が赤色点滅に切り替わる。

 スクリーン越し、死神のような白い光が一気に艦橋を飲み込んだ。

 

「艦長不在――今は私がこの艦の命を預かる」

 

 マリアは指揮系統画面の確認に目を走らせる。重圧で胸が焼け付くようだったが、目の奥には静かな決意が灯っていた。

 

「全員、シートベルトと衝撃吸収ゲルの展開を維持! ジャンプシークエンス、最終段階入るわよ!」

 

 次の瞬間、船体がきしみ、艦内重力がふっと消えた。

 

〈時空歪曲臨界突破〉

〈ジャンプナビゲーション異常発生〉

〈ジャンプシークエンス完了――手動承認にて実行可能〉

 

「ジャンプ、実行!」

 

 マリアの声に応じ、船体全体が時空の断層へと突き抜ける。

 

 ――衝撃と無重力の奔流。

 内臓が引き裂かれそうな圧迫感と、神経を焼く閃光が同時に襲いかかる。リリィが青ざめた声で「制御系統、消失!」と叫び、サクラは医療端末を握りしめてマリアの状態を監視している。

 

 システムパネルがブラックアウトし、各デッキの照明も次々に落ちていく。通信はノイズだけが充満した。

 

 「持ちこたえて……絶対、死なせない」

 

 マリアは必死に操舵桿を握りしめ、思考を総動員して、かすかな制御信号をつなぎ止める。

 

 やがて、光と感覚が急速に収束し、意識が現実へと引き戻された。

 

 ――ジャンプアウト直後、激震。

 

 静寂。

 まるで全宇宙の音が、一瞬で消え失せたかのようだった。

 

 だが、次の瞬間――

 強烈な振動とともに、艦橋スクリーンが鮮やかな緑色一色に覆われる。

 

「ここ、どこ……?」

 

 サクラが呆然と呟く。窓の外には、見たことのない濃密な緑の大地、雲に包まれた原始林、歪な山脈、地球のどの地図にも記録されていない大陸の輪郭が連なる。

 

 ローズが低く呻く。

 

「……ほんまにここ、どこや? 助かったんか?」

 

 マリアはまだ震える指でパネルを操作する。

 

「船体コントロール再確認! リリィ、ここは……?」

 

「座標不明。重力値は地球標準域、大気圧も人間居住可能域内。大気組成の解析、進行中」

 

 リリィの声には、緊張とほんの僅かな興奮が混じっている。

 

 その時、船体下部が激しく揺れ、再び警告音が鳴り響いた。

 

〈大気圏突入、開始〉

〈耐熱シールド展開準備。マニュアル操作を推奨〉

 

 外部カメラには、突入時の断熱圧縮によるオレンジ色のプラズマが映し出されていた。未知の大気が、紅蓮と黄金のグラデーションで艦体を包み始める。

 

 マリアは叫ぶ――

 

「全員、耐衝撃体勢を維持! これより大気圏突入、手動で制御する!」

 

 重力が船体を揺さぶり、金属が悲鳴のように軋む。

 艦内の全員が、未来も過去も捨てて、今この瞬間だけを生き抜く覚悟で身を固めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る