第2話 グラビアアイドルSAEKO


「もしかして水晶玉?本格的だね」男はカウンターに身を乗り出して医者の手元をのぞき込む。

「いや違うよ。ただ寒いからこんなのが似合うかなって。最愛の彼女にプレゼントしようとしてあげられなかったクリスマスのスノードーム。まだ持ってるんだ。もう十年以上もってる」

たしかに水晶玉の中には、丸太小屋とサンタ、それからトナカイとそこに降る雪が見える。

男は苦笑い。「あ〜。たしかに寒いね」

「たぶん今、十五度くらいしか無いと思う」医者はスノードームを優しくなで回しながら、愛しげに見つめる。

「僕の愛は永遠だよ」

「そっか」

男はさすがに、背中がゾクッとした。

「で、何なの?君は何しに来たわけ?」

「ここに来れば、中年男の願いなら、何でも願いが叶うって聞いて」男はカウンターに肘を突いて医者に近寄る。

「叶うよ。基本的にすべての願いは叶う」医者も顔を近づける。カウンターの上で二人はもうぶつかるかというくらいに顔を近づけ合っている。

「どんな願いでも?」

「君が本気で願っている事なら、なんでも結局は叶ってしまう」

男は一度うつむいた。


そして「これは、真面目な相談なんだ。俺、何でもうまくいってしまって、うまく行き過ぎちゃって、飽きちゃうっていうのが悩みなんだよ」そう真剣な顔でつぶやいた。

医者は大きな口を開ける。そして開けた口が元に戻らない、のジェスチャーをする。

「お前さん、本当に、それ本気でいってるのかい?」

「本気だよ。そうじゃなかったらここに相談にこないよ」

医者は頭を抱えると、早口にまくし立てる。「飽きてくれ。勝手に飽きてくれ。それで終わり。よかった。よかった。全然、問題ない。飽きてOK。人は誰しも飽きる!ということで、じゃあ帰ってくれ」医者はふんぞり返って椅子に座りなおした。パイプ椅子がギシギシと不快な音を立てる。

「いや、俺は真面目に言ってるんだよ。若い時はそんなこと無かったよ。でも最近、なんだか急に全部飽きちゃって。このまま死んじゃってもそれはそれでいいかな、とか思っちゃう時があって。そこでぞっとするんだ。

それをなんとかしたいんだよ。また力溢れる俺を取り戻したいんだ」男はカウンターにさらに身を乗り出す。


「平日昼間にこの店に来てる中年野郎なんてほとんど飽きてて死にたがってるよ。だからみんなおんなじ。ろくでもない奴なんだよ。大丈夫。それにね、そのうち夢叶うから。それ絶対叶うから大丈夫。あと三十年もしたらほぼ全員ポックリいってるから心配しなくて平気」

医者はとりつく島もない。医者はまたセクシーグラビアを読み始めた。

「やっぱり、スマホの画面よりこのグラビア印刷の肌のなまめかしさがいいんだよね。高精細な液晶じゃ逆にわかんないんだよなー」

などなどつぶやいている。

「医者さんそのグラビア、SAEKOだよね?セクシー女優の」

男は医者の持つグラビア雑誌をのぞき込む。

「そうだよ。かわいいよね。僕SAEちゃん大好き」

男の目に光が宿る。

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