92「キラー・ホエール」★海神織歌

「キラー・ホエールの名前は、キラー・ホエール。ラコタ族のネイティブアメリカンで、今は深海教団の教祖をしてます」


 アーミッシュのお爺ちゃんに手招きされてやってきたのは15歳くらいの男の子だった。

 ダミアンと同じくらい濃い肌の色に、真っ白なお目目。

 とってもきれいできらきらしてるのに、冬のお日様みたいにすぐ消えちゃいそうな寂しさもある人だった。


「変な子供だろう? 気の毒で拾ってしまってね」

「うるせー爺ですね。金は払ったじゃないですか」

「いらないよ、そんなもの」


 キラー・ホエールは年相応って感じの子供だった。

 アーミッシュのお爺ちゃんとぎゃあぎゃあ言い合っているかと思うと、ずかずかと音を立ててこっちに歩いてくる。

 

「ぎゃっ、机あるじゃねーですか!」

「先生、お手を……!」

  

 ガタンガタン


 キラー・ホエールは色んな家具にぶつかりながら、文句たらたらでやって来た。

 周りの、アーミッシュのじゃない大人の人たちが慌てて体を支えてる。

 あの人たちはキラー・ホエールのおつきの人なのかな。


「彼は、目が……?」


 がやがやとした登場を見ながら、シュヴァリエがアーミッシュのお爺ちゃんに尋ねる。


「寄宿学校で病気になってしまったらしい」

眼科疾患トラコーマか……インディアンの寄宿学校で流行っているとは聞いていたが」

「人の土地を奪っておいてなにが寄宿学校なんだろうな。政府は恥ずかしいと思わないのか」


 アーミッシュのお爺ちゃんが呆れてそう言うと、キラー・ホエールが答える。


「気にしてねーです。キラー・ホエールは視力の代わりに別のヴィジョンを得ました」


 キラー・ホエールは大きな杖で自分を支えながら、おつきの人の案内でソファで寝ているお父さんの近くにやって来た。


「キラー・ホエールたち、ネイティブアメリカンにはヴィジョンクエストという成人の儀式があります。断食・不眠で自己と向き合い、超自然から啓示を得るものです」


 キラー・ホエールはお父さんの体をペタペタ触って、お医者様みたいに色々調べている。


「寄宿学校から抜け出したキラー・ホエールはヴィジョンクエストで海を見た。東の果てから現れた大きな魚が、キラー・ホエールに進むべき道を教えてくれた」

 

 大丈夫なのかなって思ったけど、警戒心の強いダミアンが静かにその光景を見ているから、きっと大丈夫だと思う。


「魂を支配せよ。その先にワカン・タンカ世界の主がいる、と――」

  

「つまり、ボスはこの方の不思議な力で治療をしてもらうつもりだと?」

「こいつはウヅマナキと繋っている。海魔のことならこいつも何か知ってるはずだ」

「てきかもしれないよ!」


 私は心配だった。

 キラー・ホエールが悪い人かもしれないのに、敵かもしれないのに。

  

【なぜ知ろうとしない?】


 また、変な声が頭の中に聞こえる。

 もやもやしてそわそわする。

 でも、誰にも心配をかけたくないから、私は何も言わなかった。

 

「キラー・ホエールはウヅマナキに協力してますが、すべては同胞のため。レッド・ボーンこと、ダミアンのためなら、何だってしてやりますよ」

「信じられるかはこの際どうでもいい。今はこいつ以外に頼れる奴がいない」


 ダミアンの言葉に胸がぎゅってなった。

 私は頼りにならないのかな。

 でも、私にできる事はなにもない。

 

「レデイは、どう思いますか?」

 

 しょぼんとしているとエヴラードが声をかけてくれた。


「織歌の父親のことだ。決める権利はあなたにある」

 

 シュヴァリエも声をかけてくれる。


「そうだな」

  

 ダミアンもじっと私を見ていて、私の答えを待っていた。


「キラー・ホエールのこと、しんじられない……けど、しんじたい……」


 キラー・ホエールのこと、すぐには信じられない。

 でもキラー・ホエールを信じてるダミアンのことが大好きだし、お父さんにも早く良くなって欲しい。

 だから、信じたい。

 

「契約成立でいーんですね」


 キラー・ホエールは私の返事を待たずに勝手に色々準備を進めてたけど、私の声を聞いて一応返事をしてくれた。


「この男は夢に魂を囚われ、半ば死んだ状態。魂を解き放つ必要がありやがります」

「それはドリームキャッチャーか? 土産物屋で見たことがある」

「そのひくーい声はシュヴァリエのにーちゃんですね。正解です。エリートは頭がいい」


 キラー・ホエールの手には網のように糸が張り巡らされた丸い飾りがあった。

 丸の下には木の棒があって、電電太鼓みたいな形をしてる。

 きらきらしたビーズと、鷹の羽で飾られてて、すごくきれいだった。

 

「日本の海魔ってのは、アメリカに出没する個体とは桁違いに強えーらしーです」

「そうなの? なんで?」

「その声がクソガキのオルカですね。日本人の癖に知らねーんですか?」

「むう」


 キラー・ホエールはやっぱり意地悪だ。

 むうと頬を膨らませていると、エヴラードが困ったように笑って間に入ってくれた。

 

「僕は知らないので、教えてもらえますか?」

「……おめーは…………」

 

 キラー・ホエールの言葉が止まる。

 耳がすごくいいはずなのに、エヴラードだけは覚えてなかったのかな。

 

「エヴラードといいます」


 「誰だ……?」とキラー・ホエールが小さな声で呟いた。

 でも、そのあとすぐに何事もない顔をして続きを話す。


「怪異は信仰や土地の精霊の力で形を成します。日本神のウヅマナキが作った化物は日本で一番力を出せる」

「つまり、ネイティブアメリカンの魔術はここで強い力を発揮すると」 

「ええ、我々ラコタ族の魔術で夢に囚われた勝を取り戻します」


 「キリスト教徒としては聞いてられんな」アーミッシュのお爺ちゃんがやれやれって顔してる。

 ここに神父様がいたら、きっと同じくらい渋い顔をしてたんだろうな。

 

(しんぷさま、げんきかな……。ころんだりしてないかな)

 

「夢は魂と超次元を結ぶ境界。このドリームキャッチャーの輪は世界、張り巡らされた糸は精霊の導き、羽根は祈りを表します」

「下の棒は持ち手ですか? ドリームキャッチャーは吊るすものだと聞いていましたが」

「これはこの魔術用の特別仕様です」

 

 そう考えている間にも説明は続いてた。

 

「このドリームキャッチャーをマイクにして――」


 キラー・ホエールは棒の部分を持ってドリームキャッチャー(改)を見せてくれる。

 網の間にキラー・ホエールの顔が見える。

 ずっと強気な言葉を使うのに、彼は少し寂しそうな顔をしてた。


「我々はカラオケをします」


 でも、言っていることはよくわからなかった。

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