幕間「軍と合流」

17「ドジ」★海神織歌

『――と言うわけで、貴様は婚約者ということになってるから発言に気を付けるように』

『そんな滅茶苦茶な……』

 

 エンゼル神父に先導され、私たちは観覧席から離れて軍施設に向かうことになった。

 背後ではオーケストラによる開幕の合図が流れているが、舞台に背を向けて仕事場に向かう。


(観劇したかったな……)


 後ろ髪を引かれる思いだが仕方がない。

 兵曹に状況を説明しつつ、前を歩くエンゼル神父の背中を追いかけた。

 ダミアンがいた時はVIP専用の通路を使用していたが、今は一般客と同じ表のロビーを通過する。


「すごい……」

 

 思わず声が出てしまうほど、劇場の顔となるロビーは荘厳だった。

 高い天井にはボックス席のものともはちがう壮大なシャンデリアが輝く。

 大理石の床は靴音を響かせ、壁は金の装飾とギリシャ風の柱で飾られている。

 進む先には左右対称に枝分かれした階段が、中央に座している女神の像を抱きしめる腕のように広がっている。

 

「大規模な劇場ですね。ここは民間のものですか?」


 和解のきっかけになればと思い、前を歩くエンゼル神父に話しかける。

 エンゼル神父は激情が少し落ち着いたのか、やや穏やかな顔つきでこちらを振り返ってくれた。

 

「ええ。資金繰りに困っていたところを、軍が資金を貸し付けることで琅玕隊の――」


 そして、喋っている途中に彼は消えた。


「神父ー!!」


 正確には階段を転げ落ちていった。

 階段手前で後ろを振り返ったせいで足元を掬われたらしい。

 受け身も取れず顔面から滑り落ち、1階まで転げていく神父。

 悲鳴のひとつでも出せばいいのに、不気味なほど無言だった。


「神父!」

「……大丈夫です」 

「いや、上!!」 


 神父の落下の衝撃で、階段脇に飾られていた植木鉢が襲い掛かる。

 よろよろと起き上がろうとする神父へとどめと言わんばかりの攻撃が繰り出され、神父はとうとうその場にうずくまってしまった。


『信じられん。何かの罠か……』

『ドジっ子らしいぞ』


 あまりの光景に動けずにいると、兵曹から謎の情報が手に入る。

 ドジの範囲とは思えないほどの災害だ。

 骨折で済めばいいが、頭を打っていたら命に係わるかもしれない。

 慌ててエンゼル神父のもとに駆け寄る。

 どうも頑強なようで怪我らしい怪我は見当たらなかったが、立ち上がろうとしないので足をくじいた可能性がある。


「気にしないでください。よくあることですので……」

「よくあるんですか!?」


 怪我をしていないかとエンゼル神父の顔を覗き込むと、気恥ずかしさか彼の透き通った白い肌が赤らむ。

 居心地悪そうに下がった眉と地面を見つめるアイスブルーの瞳。

 恥じらう姿からは先ほどまでの人外のような不気味さはない。


(彼もただの人間ということか……)


 歳は私よりもだいぶ上のような気がするが、こうやって見ると可愛らしさも感じる。

 こんな彼ならば、今後も上手くやっていける気がした。

 

「兵曹、手を貸してやれ」

「はぁ!? 嫌ですよ、触らないでください! この程度の怪我どうにでもなりますから!」


 まあ、あちらが心を開いてくれなければ無理な話だが。

 

(さすがにさっきの今で兵曹の肩を借りるのは嫌か……)


 エンゼル神父の体格を確認する。

 身長はダミアンやシュヴァリエよりも低いが、兵曹よりは大柄。

 全身を覆う僧衣でほとんど体は見えないが、軍人をナイフで圧倒するほどの腕力はあるのでそれなりに鍛えていそうだ。

 ――だが、私が持てないほどじゃない。

 

「では、私が手をお貸しします」

「えっ!?」 

 

 エンゼル神父の膝の裏に手を差し込み、背中を支えながら持ち上げる。

 エンゼル神父は思っていたよりは軽かった。

 神職は清貧であるというが、彼も神父として自分を律し続けていたのだろう。


「くっ、こんな屈辱……殺しなさい!」


 律しすぎてガラスのような繊細な自尊心も持っているようだが……


「まあまあ。先ほどの仕返しです」


 人間性を感じられる部分があってよかった。

 小さな復讐を果たしながら、私たちは軍施設へと向かった。

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