第15話 ブジアの村

 森を抜けたオルゴとレベッカの一行は、田園風景に行き着いていた。


 とはいえ、ホッと一息つけるような、のどかな風景では全然なく――農夫がせっせと麦刈りしている姿を込みで、ようやく田園であると把握出来るような、そこは荒地にも似た農場だった。


 穂の状態が遠目で見ても明らかなほど悪い。くたびれているというか、萎れているというか――景気のいい村落でないことは確実だったが、もう日も暮れかかっている時分、別を当たるわけにもいかず。


 レベッカは意を決して、「お仕事中すみません」と農夫に向かって声を張り上げた。「今お時間大丈夫ですか?」


「……ん、なんだお前さん方は。うちの村のモンじゃねえな?」


 農夫は手を止め、顔を上げる。


 麦わら帽子を被り、顎先に茶色い髭を生やした、頬のこけた中年男である。ワンピースを腰紐で縛り、右手には鎌を携え、いかにも農家という風だった。


「ええ、冒険業を営んでいる者でして」と身の上を語るレベッカ。「もうすぐ日も沈むので、宿屋を探しているのですが、よろしければ案内して頂きたくてですね」


 茶色い顎髭の男は、鎌の柄を肩に宛がって答える。


「ブジアの村に宿屋はえ。その手の需要はここいらじゃアンビエンテに一極集中してやがるからな。ここで泊まりたいって変わり者はアンタらぐらいのもんだ」


「なら宿屋でなくても構わん。我々に清浄なベッドと豪勢な料理を堪能させてくれる人間を紹介してくれ。具体的にはこの村の領主だとか、大雑把に言って金持ちの人間をだな」


 と、日傘のオルゴが横から口を挟む。

 麦わら帽子の男は怪訝な面持ちになりつつ、鎌の柄で肩をトントンと叩く。


「……まあそンなら、村長のとこまで案内してやってもいいけどよ」


 気乗りしない風に、モゴモゴと口を動かす。


「ただ、お前さん方が歓迎されるかどうかは分からんぜ。うちの村は世辞にも景気がいいとは言えねえし、余所者を手厚くもてなしてやるだけの余裕はないと思うがね」


「もちろん相応の金は払うさ。タダで泊まらせてくれというのではない。言われるまでもなく弁えておる」


「……へぇ?」


 農夫は麦わら帽子のツバを摘まみ上げ、改めてオルゴの全身を舐め回すように見る。


 よくよく見ると、その男子の身なりは実に華美絢爛を極めていた。かなりの所得者であることは明白であり、冒険業の方もきっと道楽でやっているに違いないと、農夫は内心で断定していた。


「俺がアンタらを村長のとこまで連れてって、そんで何だ」農夫は人差し指と親指とをこすり合わせる。「見返りとかはあんのかい? 最近、不作続きで親子とも貧しいもんでよ」


 オルゴは首を曲げつつ、「相応の対価は払うつもりだが」と答える。「貴様の仕事を止めるわけだからな」


「ヘッ、景気のいいことじゃねえか。そんなら話は早いな」


 麦わら帽子の男は片方の口角を吊り上げ、「うしっ」と鎌を地面に突き刺し、田んぼから道路へと踏み出す。


 オルゴに右手を差し出しつつ、「シュバルツだ」と名乗った。


「オルゴ・デスタルータとその従者、エレナ・エルカーンだ」


 握手を受けつつ、オルゴは二人纏めて名乗る。続いてレベッカがシュバルツの手を握り、「よろしくお願いします」と会釈する。


「よし」と咳払いし、シュバルツは田んぼに向き直る。


 奥の方で黙々と麦刈りをしていた、麦わら帽子にワンピース姿の子供に向かって、「ベルン!」と声を張り上げた。


 呼びかけられた子供はビクッと肩を震わせ、無言で直立し、シュバルツに向き直る。


 背丈は1メートルと30センチほど。少し癖のある茶色い髪が肩の上でざっくりと切られており、瞼が半分ほど閉じており、その内側には琥珀色の瞳が静かに瞬いていた。


「俺は今からこの人たちを村長のところまで案内してくるから、それまでサボるなよ! 


 ベルンはコクリと頷く。シュバルツもそれを見て頷き、オルゴらに向き直って言う。


「待たせちまったな。行こうぜ」


 そして口笛しつつ、家屋が立ち並ぶ方に歩き出した。


 が、オルゴとレベッカはすぐには歩き出さず、二人して田んぼの方に目を向けていた。


 視線の先には麦わら帽子にワンピースの子供。既に麦刈りの作業に戻っており、その表情はドンヨリとしている。


「おーい、何ボーッと突っ立ってんだ?」


 シュバルツが振り向いて、二人に呼びかける。


 先にオルゴが子供から目を離し、「行くぞ」とレベッカに声をかけつつシュバルツについていく。


 レベッカはいくらかワタワタしてから、せめてもの激励にと両拳を握り締めつつ、ベルンに「頑張ってね」と呼びかけてから、オルゴの背を追いかけた。


「…………………………」


 これはベルンの沈黙である。


 頑張ってねの声援に、かなり間があってから顔を上げた。


 当然、レベッカの姿は既に遠く、その背中しか拝むことが出来なかった。


「……………………ッ」


 荒地のような田園風景に舞い込む一陣の風。


 ベルンは麦わら帽子を押さえ、片目を瞑る。


 そして、風が運んできた、どこか遠くのにおいを嗅ぐ。


 普通人が嗅げば、何のことのない土と草の混じった香ばしいにおい。


 が、ベルンは顔面のドンヨリした調子を更に濃くし、溜め息すらした。


「次は誰かな」


 と呟きつつ、鎌を握り直した。


 ――――――――――――――――


 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇ブジアの村は景気が悪く、また宿屋がない。

 〇農民に頼み、村長の家まで案内してもらうことに。

 〇少女ベルンが、何か嗅ぎ取っている。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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