第8話 飼育小屋
「改めて。初めまして。私は
「八幡千史です。よろしくお願いします……」
「そんな畏まらなくてもいいよ!同い年なんだから。私のこと寿々でいいよ」
寿々ちゃんがうふふと上品に笑う。育ちの良いお嬢様のような立ち振る舞いに目が奪われる。
お昼休み、私はクラスの女子生徒に囲まれていた。
「じゃあ……寿々ちゃんで」
「じゃあ私は千史ちゃんって呼ぶね」
良かった。隣が寿々ちゃんで。
恐らくこのクラスで一番力を持っているのは寿々ちゃんだ。学校という中にいると嫌でも生徒同士の上下関係を感じる。誰も何も言わないけれど言動だけで分かってしまう。寿々ちゃんはまちがいなくこのクラスの上に立つ人物だ。
華やかで可愛くて喋りがうまい。そういう子がクラスの主導権を握りやすい。こういうリーダー格の子に嫌われると仲間外れにされるという現象はどこの学校でも共通している。
さっきから皆、寿々ちゃんの発言に大袈裟に頷いたり相槌を打っている。心なしか彼女の機嫌を取っているように見えてならなかった。
確かに寿々ちゃんは他の子達とは全然違う。見た目も、持ち物も、立ち振る舞いも……。ブランドものの派手なショッパーが机の横に己の存在を主張するようにぶら下がっていた。
「寿々はね。頭が良くてピアノも弾けて……何でもできるんだよ」
「そうなんだ!すごいね。色々教えてもらおうかな」
「そんなことないよ。私、走るの苦手だから。千史ちゃん運動神経良さそうでうらやましい」
寿々ちゃんが微笑みながら首を振る。こんなにかわいくて完璧なのに謙遜するなんて……。寿々ちゃんは大人びた子のようだ。
「ねえねえ。東京ってどう?やっぱり楽しい?」
私の周りにいたクラスメイトのひとりが話しかけて来る。確か
「うーん……。どうかな」
「制服もかわいいよね!」
「あ……ありがとう」
「いいな!私、東京のクレープ食べてみたいんだよね!」
「おいしいクレープ屋さん、教えようか?」
「本当に?いいの?」
盛り上がっていると寿々ちゃんの笑顔がすっと消えた。
「
生徒の名前を呼んで黙り込む。なんだろうこのピリピリとした雰囲気。他の子達もバツが悪そうに顔を俯かせていた。
美咲ちゃんははっと顔を上げて慌てて否定する。
「冗談だってば!東京なんて……怖いところ行かないし!興味なんて無いよ!」
美咲ちゃんの答えを聞いた寿々ちゃんに笑顔が戻る。可愛らしい、周りに花が咲きそうな笑顔だった。周りの生徒達もホッとした表情を浮かべる。
……今のは一体何だったんだろうか。
「そうだ。校内を案内してあげる。東京の学校とは違って狭いからすぐ覚えちゃうと思うけど」
「う……ううん。ありがとう!」
リーダー格の子のご機嫌取りはどこの学校でもある。そんなに気にすることじゃない。とにかく私は……寿々ちゃんと上手くやらないと。
寿々ちゃんを先頭に、クラスメイトと学校の中を歩き回る。
グラウンドの隅、小さな飼育小屋があるのを見て私は声を上げた。
「かわいい!うさぎだ!」
様々な模様、毛並みをしたうさぎが鼻をひくひくさせて小屋の中をちょろちょろ走っている。
「千史ちゃん、動物好きなの?」
「うん。結構好きかも」
小屋の中で一匹。横たわっているうさぎを見つけて、私は黙り込んだ。心の中がざわざわする。ああ……もしかして。
「どうかした?」
「あの子……具合悪いのかな?ずっと横になってて、動かないから……」
私が指さす先をクラスの女子生徒が覗く。それを見てキャーとかワーッという歓声があがった。思いもよらない反応に私は肩を震わせる。
「わー!おめでたいね!」
「先生呼んでこなくっちゃ!」
「よかったね。うさぎちゃん!長生きで大変だったね」
女子生徒同士手を合わせて喜びあっているのだ。歯を見せて、頬を紅潮させて本気で喜んでいる。
私ひとりだけが歓声に取り残されていた。
どうしてそんなに楽しそうなの?だって誰が見てもあのうさぎはもう……。
「イザヨイ様に報告しないとね」
すぐ隣から寿々ちゃんが私の顔を覗き込む。美しい黒い髪がさらさらと揺れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます