第3話 祭壇
おばあちゃんの家は周りの民家と同様、平屋建ての古い日本家屋だった。
引き戸の上に御札が貼ってあるのを見つけ、思わず立ち止まる。
目を凝らして「
瓦屋根で、キラキラと光る土の壁。線香の香りが仄かに漂ってくる。
私が玄関でぼんやりしているとおばあちゃんの手が伸びる。ぴしゃりと引き戸を閉め、鍵をかけた。
靴を脱ぐと廊下を速足で駆け抜け、左手側にある部屋へ吸い込まれるように入っていく。
何か見たいテレビでもあったんだろうか。私は戸惑いながらも靴を脱いで家に上がった。
「お邪魔します……」
重たい荷物を持っているせいで床がギシギシと軋んだ。おばあちゃんの後について部屋を覗く。
畳の部屋は整然としていた。ひと昔前のテレビとエアコン。戸棚には置物や人形が飾られている。もう長い事ずっとその場所に居続けたのだろうというぐらいに古めかしい。
部屋の中心にはローテーブルが置かれいる。見たことのない型番の扇風機が首をもたげていた。
薄暗い蛍光灯のせいで部屋に置かれた物全てがぼやけて見えた。
家の中に駆けこんで行ったおばあちゃんの姿を探す。居間の更に奥。部屋がふたつあることに気が付いた。
そのうち左側の部屋の襖が半分開いている。電気が点いていないのでここからでは暗闇しか見えないがおばあちゃんはこの部屋に入っていったのだろう。
「あの……おばあちゃん?」
ボストンバックとリュックサックを居間の畳の部屋におろすと恐る恐る奥の部屋に近づいた。
「……イ様……ヨイ様。……ください」
ぼそぼそと何かを唱えているようなおばあちゃんの声が聞こえる。線香の匂いもすることからこの部屋には仏壇が置かれているのだろうと考えた。
仏壇の前でお経を唱える。別におかしなことじゃない。私は暗闇の中に目を凝らす。
部屋の中に置かれていたのは仏壇ではなかった。
丸い鏡だ。
丸い鏡を中心とした祭壇が置かれていた。祭壇の上にはお線香とお供え物の果物やお菓子が置いてある。
もしかして……あれが神様だろうか。お母さんの言葉を思い出して後退る。
「どうか……なく……ねますように。お願いします」
お経ではなく願い事を唱えているようだ。何と言っているかはおばあちゃんのくぐもった声で聞こえない。
あまり長く見ていてはいけない気がして部屋を覗くのを辞めようとした時だった。鏡越しに私とおばあちゃんの視線が合う。
あまりの眼光の強さに私は体を硬直させた。
「……この部屋に勝手に入っちゃだめだ。いいね」
そう言って部屋から出ると襖を閉める。
「あの……鏡って……」
「イザヨイ様だよ」
「イザ……ヨイ……様?」
「村の神様だよ」
聞いたことのない名前の神様だ。
「イザヨイ様ってどんな神様なんですか?」
「……みんなが望んでいる願いを叶えてくれる……とても慈悲深い神様なんだ。他の神様なんかと比べ物にならないくらいにね」
そう言うおばあちゃんの表情は沈んでいた。願いを叶えてくれるならもっと喜んでもいいのに。
「あんたの部屋はイザヨイ様の左側の部屋だよ。……昔沙奈枝が使ってた。隣の部屋に通じる襖は閉じてあるけど……開けないように。分かったね?」
イザヨイ様の祭壇の隣が自分の部屋なんて……。ちょっと恐れ多い。願いを叶えてくれる。良い神様だというから何も怖がることはないはずだ。
それなのに……どうして私は怖がってるんだろう。
「はい……」
おばあちゃんに言われるがまま私は頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます