王女だけど薪担いでます ~準備8割って言ったら過剰装備扱いされた~

時津々

姫と記憶の目覚め

第1話 姫は準備をする


 「――薪を担ぐ王女がどこにいるかって?…ここにいるじゃーん。」

 エルフ王国の第一王女であるエリューナ・シィリスは後ろに控えて歩く侍女と話しながら王宮の廊下を歩く。

「…さて、今日も、締めていかなきゃ、ね。」

 謁見間へと続く扉の前に立つ。…扉が開かれ中へと歩を進める。


 彼女にとっては、毎朝、ここが“戦場”だった。


 戦場といっても剣や魔法が飛び交う類ではない。

 彼女にとっての戦場とは――謁見の間、つまり母である女王の前での“王女演技”そのものである。


 荘厳な銀樹の彫刻が天井から垂れ下がり、長大な赤絨毯が玉座へと導くこの広間は、王国の威光を象徴する場所だ。

 その中心に座するのは、エルフ王国を治める者――現女王、ティリス・シィリス。


 長く真っ白な髪を後ろに流し、月光を湛えたような薄紫の瞳には、常に民草を見つめる厳しさと慈愛が混じっている。

 静かな威圧感と母性を併せ持つその佇まいに、廷臣も兵もただただ頭を垂れる。


「……エリューナ。今日も民のもとへ出るのですか?」


「はい、母上。心を清め、神々に祈りを捧げたのち、近隣の村々へ視察に参ります。民の暮らしを直に見ることも、王族の務めと心得ております」


 応えるエリは、その容姿だけ見ればまさしく理想の王女だった。

 金糸のような髪は丁寧に編み上げられ、飾り紐と真珠の櫛で優雅にまとめられている。

 青空のように澄んだ碧眼と、整った輪郭。

 控えめながらも品位ある笑みは、まるで王家に伝わる肖像画から抜け出したかのよう。


 その“完璧”さと、その“変わりよう”に、侍女たちは息を呑む。(姫様……今日の所作も姿勢も、完璧……!)



「よい心がけです。決して無理をせず、周囲への配慮も忘れぬように」


「はい。すべて、女王たる母上の導きによるものと心得ております」


 完璧な答礼。完璧な態度。完璧な笑顔。

 ……そして完璧なまでに“無理をしている”。



 謁見の間を出るや否や、エリは背筋をぐにゃりと緩めて脱力した。


「ぅぐぅーっ。緊張で胃が捻れそうだった……!」


「姫様っ!? せめてもう少し、緩やかに……!」


「だってあれ、三分間だよ!? 呼吸も姿勢も語尾も“公用王女モード”! 限界だったってば!」


 額をぬぐいながら呻くエリに、侍女のひとり――今朝も丁寧に髪を結い上げたリフィが、悲鳴に近い声を漏らす。


「ひ、姫様っ!? あぁ……せっかく結った髪が……!」


「いいじゃん、すぐ汗かくし。……ほら、うなじ蒸れるし」


 ぐしゃぐしゃと手櫛で編み込みを崩し、エリは髪を後ろでひとつに結びながら歩き出す。

 その大胆な手つきに、リフィは肩を震わせる。


「あぁ……今朝、三十分かけて、珠飾りも完璧に……」


「気持ちは受け取ったよ! ありがとね!」


 にっこりと笑って返されたら、何も言えない。


 やって来たのはエリの自室だった。天蓋付きのベットをはじめ、豪奢な家具がある部屋の一角、大きなクローゼットを開くと、そのままエリはドレスを脱ぎ、作業着を取り出し、サッと袖を通す。

 腰には斧、足元は厚底の革靴。王女から一転して“山仕事の姉ちゃん”に早変わりである。

 そしてエリはバックに荷物を詰め込む。

「水分飛ばして焼いたパン、保存三日目。万能ナイフ、火打石、怪我用の薬草……あ、これは昨日の干し魚だ」

「姫様、それ腐って――」「非常時に食べる勇気、これも準備だから!」


 すでにパンパンに詰め込まれたバックに侍女たちは呆れ顔だ。

「……姫様。その荷物……どこにお行きになさるおつもりですか……?」


「え? 村だよ?だって、“準備八割”って言うでしょ? 準備しとけば、本番ではあとの二割頑張るだけでいいじゃん」


 迷いのない満面の笑顔。

 そしてエリは、自室の部屋の片隅に自作で作った神棚に向かい、二礼二拍手一礼し、「よし、行ってきます!」と『お出かけ前のいつものやつ』として侍女達の中では有名な奇行をし、部屋を出る。


***


 城門では、護衛の騎士たちが、すでに馬の手綱を引きながらため息をついていた。

「これがなければ「完璧な姫様」なのになぁ…」

「おい、姫様が来たぞ。」

 騎士達は姿勢を正し、姫を迎える。

「護衛なんて要らないってば。ちょっとそこの村に行くだけだよ?」

「そんな訳にはいきません。これが我らの任務です。…それにしてもすごい荷物ですな。」

エリは「これ?何が起きても対処できるように、ってやつだよ!」


「……それを言い切る姫様は、やっぱり王族じゃない……」


「でも、準備しておいて失敗したことは……一度もないんですよね」


「それが一番すごいんだよなぁ……」

 騎士達はエリに聞こえないように話していたつもりだったが、「…聞こえてるよー?…ま、褒め言葉として受け取っておくけど。」と笑顔で返されてしまった。


 こうして、今日もまた、“完璧な王女”は王宮に置いてきぼりとなり、

 “ズレた村回りの姫”が出撃するのであった。

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