第10話 天使とは神性に根ざす存在なのか?

 その後、僕とヴェルグレドさんはひっそりと村を後にした。

 これ以上村に滞在してヴェルグレドさんが変なことを言っても困るからだ。


 そして、村のみんなはフェンドラを捨てることにしたみたいだ。このまま村に居続けてアンデッド化がバレたら討伐される恐れがある。

 少し寂しいような気もするけど、もう村はボロボロだし、みんな生きてるし、いいよね。ヴェルグレドさんのことは暗黙の了解みたいになってるみたいだ。タブーだけど、みんな感謝してるみたい。よかった。


 僕たちは、今度こそ王都を目指して旅を再開した。



 旅路は大変なことばかりだったけど、なかなか楽しかった。

 行く先々で厄介事に首を突っ込もうとするヴェルグレドさんを制止したり、でもなんだかんだ僕も心配になっちゃって首を突っ込んで…。


 追い詰められたら死霊術使うとかせずにすぐ逃げるから尚更わけがわからない。この人最悪の死霊術師ネクロマンサーって呼ばれてるんじゃなかったの? 今のところ、フェンドラを救ってくれたこと以外はただの小者でしかない。


 でも、この人が首を突っ込むと事態が好転するような気がする。気のせいかもしれないけど、そのトンチンカンな行動が場を引っ掻きまわして意味わかんなくしてる。


 まぁ、そんな感じであちこち立ち寄りつつ王都へと歩を進めていた。

 街道もだんだん整備されてきていて、王都に近づいてるって感じがする。


 しかし、様子がおかしい。街道にちらほらと浮浪者みたいな人が横たわっている。前来た時はこんなことはなかった。

 王都は、もうすぐそこだろうか。僕の記憶が正しければ、あとちょっと歩けば見えてくるはずだ。


「煙…?」


 煙がモクモクと上がっている。お祭りでもやっているのだろうか。

 そろそろ見えてくるはずの外壁が見えてこないことに違和感を覚えつつ、足早に進む。


 王都の全容が見えてきた。

 そこにあったのは―――――否、そこには、何もなかった。


 王都が誇る絶壁の城壁は崩れ去り、その中も瓦礫の山だ。王都の中心で堂々と腰を据えているはずの王城も見当たらず、そこには瓦礫以外何もなかった。


「これが王都なのかい? なかなか斬新だねー。」


 ヴェルグレドさんがおかしなことを言っているが今は置いておく。


 それよりも、だ。今まで目を背けていたが、この王都だった廃墟には明らかな異常が存在していた。

 それは、肉塊、と呼べばいいのだろうか。巨大かつグロテスクな肉塊が王城があったあたりを中心に王都中にとぐろを巻いている。


 そして、肉塊の中心である王城のあたりには大きな光輪が輝いている。明らかに天使とか神とかそういう類ではなく、どちらかというと天変地異の類なのになぜかその光輪は馴染んでいた。


「あれは、たぶん同類だね。」


「え?」


「どこか、似たような雰囲気を感じる。」


 ヴェルグレドさんと、同類…? あの肉塊が?


「まだ、救える命があるかもしれない。行こう。」


 あ、ヴェルグレドさん、この状況理解してたのね。

 僕はヴェルグレドさんの後を追いかけ瓦礫の山を踏みしめた。





 白い。ただ、白い空間に、俺はいた。

 あぁ、懐かしいな。体の境界が溶けて、周囲と同化するような感覚。


『ニズへグル、無理しすぎ。』


 ………やっと会えた。どれだけ会いたかったことか。


『シラーが出てきたなら私を呼んでくれればよかった。』


 千年、あるいはそれ以上、俺はこの少女との再会を待ち望んでいた。最初は嫌いだったのに、いつしか惹かれていた。


『ねぇ、聞いてるの?』


「あぁ、聞いてるとも。オリーヴェ。」


 その真っ白な少女は不満げに頬を膨らませた。

 魔王は、先ほどの敗北のことをもう忘れていた。本当は王都を守りながら戦うつもりだったが無理だった。だけど、今となってはそんなことはどうでもいいのだ。


 烈悪の名を背負わされた白き少女は心配そうに魔王を見る。


『ただでさえ無理して寿命伸ばしてるんだから、もうこれ以上無茶しないで。あなたは世界を統べる王にならなきゃいけないんだもん。』


「わかってるさ。」


 本当は分かっていない。世界平和なんて、どうでもいい。ただ、彼女によろこんでほしい。その笑顔を間近で見ていたい。それだけだ。


『でも、あなたが時間を稼いでくれていたおかげでシラーの権能を一部奪えた。これで少しは有利になるはず。』


 オリーヴェの役に立ったのなら、なんでもいい。俺はただのしもべでしかない。そういう契約だ。


『ただ、ファレンシアがどう出るか分からない。彼女は均衡が崩れることを嫌うから。』


「ご命令とあれば、いつでも戦うよ。」


『冗談言わないで。魔力の源泉にニズへグルが勝てる道理がない。』


 確かにそれはそうだ。魔力の由来である法則そのものに魔法主体の俺が勝てるわけない。


「でも、ドラゴンの姿で暴れることくらいならできる。」


『もういい加減にして。あなたは戦っちゃダメ。わかった?』


「いえっさー。」


 オリーヴェはしばらく懐疑の目で俺を見つめた後、ため息を吐いた。


『シラーとは、私が戦う。』


「っ!」


 それはダメだ。絶対にダメだ。途中でどの神の介入があるかもわからないのに彼女一人に戦わせるわけにはいかない。


『…他にどうするの?』


 頭を捻る。今までで一番脳みそを使っている気がする。


「…………ひらめいた! あの死霊術師ネクロマンサーを使おう!」


死霊術師ネクロマンサーって、死神の?』


「そう、その死霊術師ネクロマンサー。」


 オリーヴェはふむと考えて、頷いた。


『あなたに任せる。ニズへグルを信頼してる。』


 魔王にとって、その言葉は今までのどの幸福よりも勝っていた。

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