第8話 交錯、そして降臨

 勇者の信用は地に堕ちたと言っていいだろう。

 最悪の死霊術師ネクロマンサーの討伐に失敗し、最終的に軍隊を投入する事態となった。しかも、多大な被害を出して。


 ジーフリトは、一人国に向けて歩いていた。部隊の仲間は、みんな散り散りになった。故郷に帰ったものもいれば、死を選んだものもいる。

 だが、これで『勇者』という中途半端な役職はおしまいだ。僕は、おそらく帰ったら討伐失敗の責任を問われるだろう。


 ジーフリトは、なぜかすっきりとした気分だった。もう、勇者でいたくなかったのかもしれない。

 国に戻ったら、命があるかわからないけど、もし生きていたら料理でも学んでみようかな。ジーフリトはそう考えて前を向いた。



 そこは、イズワール王国、王都、王城、王座の間。

 ジーフリトは、そこにある光景を前に、呆然と立ち尽くしていた。


「やあ! こないだぶりだね!」


 血塗られた玉座に座っているのは、魔王。


「なぜ、貴様がここに…!」


 魔王は、王の首をお手玉のように弄んでいる。


「なぜって、見て分からない?」


 周囲には、王の配下や、騎士たちのものと思われる死体が大量に転がっている。

 まさか、国でも乗っ取るつもりだろうか。


「ふふーん、だいたい予想通りだと思うよー。」


 くそッ、顔に出ていたか。

 だが、これが勇者として最後の仕事だ。魔王を、殺す。


 目にもとまらぬ速さで踏み込む。一瞬で魔王の懐まで潜り込み、聖剣を振りかざす。

 一方魔王は、ただ、ぱちんと指を鳴らした。——しかし何も起きなかった。


「へぇ、対策済みか。」


 殺れる。

 魔王に聖剣が届くかと思ったその瞬間、聖剣は空を斬った。


「ふぅ、あぶないあぶない。」


 転移か。だが、空間系の魔法をそう連発できないだろう。

 そう考え再び踏み込む。今度はフェイントを混ぜ込み下から斬り上げてみる。


 だが、聖剣は再び空を斬った。


「そうちょこまかと逃げ回ることしかできないのか?」


「まあまあそう怒らないでよ。ここは互いに言葉を介す生物として、話し合わない? ね?」


 ふざけているのか? 今更話合いができるわけないだろう。


「いやだってさ、俺王国関係者皆殺しにしたよ。俺を倒したらこの国路頭に迷っちゃうよ?」


「……それで?」


「他のいろんな国でも同じようなことが起きてる。今頑張ってもどうしようもないんじゃない?」


 それが本当なら一大事だ。今は死霊術師ネクロマンサー討伐で兵士たちが出払っているし、自衛手段がない。一方的に魔族の侵略を許すことになってしまっている。

 だが、だからと言って、目の前の魔王を倒さない理由にはならない。


 ジーフリトは、再び聖剣を構えた。



 ヴェルグレドとウィルクリスは、身分を隠し城塞都市に入っていた。いつかのドゥーレンという城塞都市だ。

 理由は金欠。前回も同じような理由で入ったなと、ヴェルグレドは思い返す。


 今回は前回と異なりスッと入ることができた。検問などはなかったので顔さえ隠せば余裕で通れた。


 酒場に入って情報を集める。なにか、手っ取り早く日銭を稼げる仕事はないかと聞いて回る。


 そんな中、ウィルクリスは聞き捨てならないことを耳にしてしまった。

 顔が引き攣る。


「どうしたんだい?」


 ヴェルグレドさん、この人の、この人のせいで…。

 いや、考えるな考えるな考えるな。この人は何も知らなかっただけ。責めちゃいけない。


 深呼吸をする。そして、ゆっくりと口を開いた。


「フェンドラ———僕の故郷が、アンデッドに襲われたそうです。」


 ヴェルグレドさんは、しばらく考え込むようなそぶりを見せ、そして僕に言った。


「行こうか。私なら、なんとかできるかもしれない。」





 勝てなかった。やはり、根本的な実力に絶望的な差があったのだ。

 魔王には、軽くあしらわれた。勇者の祝福もほとんど通用しなかった。


「ふーん、この程度なんだ。じゃあ結局勇者ってのは俺対策じゃなかったわけか。」


 おかしくなりそうだ。何をやってもうまくいかない。やることなすことすべてが裏目っているような気がする。

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐる、思考が巡る。僕がやってきたこと、全部意味なかったじゃん。全部、なかったことになっちゃった。


「……くっ、ふ、は、ははっ、あはははははははは!」


 僕の人生って何だったんだろう。可笑しいなぁ。ほんとに可笑しい。ああ、おかしくなっちゃった。

 僕、いや、俺はもう勇者じゃない。


「え? 大丈夫?」


 魔王がドン引きしてる。

 あぁ、もうすべてが面白い。全部意味なかったんだって思うと、すごく心が軽くなったような気がする。


 もうどうでもいいや。国の連中なんて全員死んじゃえばいいんだ。みーんな、俺を信用しなかったから魔王に殺されるんだぁ!



 突如として、玉座の間が金色の光に包まれる。

 空間が裂け、禍々しいなにかが姿を現す。それは、まさに異形。光輪を携えた化け物である。

 その化け物は、神々しさと禍々しさが同居しており、この世のものとは思えなかった。黄金の牧杖を手に持っており、その牧杖も異様な雰囲気を放っている。


『我は徳義を司りしシラー。律衡の祝福を受けし者よ、魔王を殺せ。』


「なんだぁ? 神サマが今更俺に指示しようってか?」


 ジーフリトはもはや神に忠誠心など持っていない。それに、この化け物が神と言われても到底信じがたかった。


『指示ではない、それが貴様の宿命である。今、決まった。』


 そう言われると同時に、ジーフリトの体に駆け巡る衝撃。

 バキバキと嫌な音を立てて体が変形していく。皮膚が裂け血が滲み出す。


「ぐわぁあああがががああっ! なっ、なん、だ…?」


「あー、逃げたほうがよさそ。」


 魔王がそう言って指を鳴らすも、転移は失敗した。


『我から逃げれるとでも?』


「うへー、これはまずい。」


 ジーフリトだったものが咆哮した。その咆哮はビリビリと空気を震わせ、王城の窓を全て割った。

 ジーフリトだった異形、それは王座の間の天井まで届くくらい大きく、歪だ。そして、頭の後ろには光輪を乗せている。


「助けてほしいかもなぁ。」


 魔王はそうぼやきつつ、異空間から愛刀を取り出した。

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