第6話 深淵へ

 かくして、旧カルケシア村への突入は始まった。

 メルキオールさんの対魔結界とリラさんの大地の祝福の付与以外に、とくに準備はない。


「行こう。」


 ジーフリトさんが先行して結界の中へと入る。

 中は、瘴気に満ちていて、とてもこの世とは思えない様相を呈していた。だが、メルキオールさんの結界とリラさんの祝福のおかげで死にはしない。死にはしないだけで気持ち悪いのは変わりないが。


 そうして、部隊の全員がカルケシアの結界の中へと入った。ジーフリトさん以外は顔色が悪く、死人みたいな顔をしている。

 村は建物などは結構残っており、地面から瘴気が漏れ出ていること、植物が一切生えていないこと、アンデッドが大量にいることを除けば普通だ。


 そして、アンデッドだ。僕らが結界に入った瞬間から大量のアンデッドがこちらに向かってきている。地面から這い出てきてるのもいる。


「どうしますか? ジーフリトさん。」


 正直、倒してもキリがないだろう。この場所だと何度倒しても復活してきそうだ。


「アンデッドは動きが遅い。一点突破を狙う。」


 うん、僕もそれが正解だと思う。

 だけど、むやみやたら突撃しても目標を見失うだけだ。


「どこに元凶がいるかあたりはついてるんですか?」


「ついてる。さっきから、聖剣が反応してるんだ。反応が強くなる方に、奴がいる。」


 僕たちは陣形を組んだ。僕やリラさん、メルキオールさんを中心に置き、ジーフリトさんが先頭の三角形の陣形。

 そして、走り出した。前方のアンデッドは全てジーフリトさんが蹴散らしてくれている。しかし、側面に群がるアンデッドは対処しきれない。走っている中で、何人かの兵士さんがアンデッドに捕まってしまう。


「っ!」


「止まるな!」


 僕が振り返ろうとしたのをゼファさんが止める。

 分かっていた。分かっていたが、こうも簡単に欠けてしまうとは。


『大地よ! 大いなる癒しよ! 浄化せよ!』


 リラさんがそう詠唱すると、まばゆい光が辺りを満たし、アンデッドたちが朽ちる。だが、アンデッドはすぐに再生してしまう。


「チッ、なんなのよこいつら!」


 だが、一時的な凌ぎにはなった。側面のアンデッドを引きはがせたのだ。これを機に一気に走り出す。


「近い!」


 ジーフリトさんがそう叫ぶ。見ると、ジーフリトさんの聖剣が見て分かるぐらいに光輝いていた。

 アンデッドの数も増えてきた。後ろを見ると、人が半分くらいいなくなっていた。胸がぽっかりと開いたような気分になる。


 陣形も崩れてきた。ここまで来たらもう各個撃破するしかないだろう。

 僕は、神聖属性が付与された短剣を構えた。


 ゼファさんとの稽古を思い出す。

 一方的に殴られるだけだったが、学びもあった。まず、全身を使う単純な予備動作の攻撃はフェイントがきかない。相手の動きに合わせた場所に刃を持ってくれば勝手に斬られてくれる。

 そして、次に僕が狙うべきは、その動きを完全に止める一撃だ。あの人との稽古で、無駄な動きをなくすことを覚えた。最小限の動作で、相手の重心を捉える。料理の際、重い鍋を持ち上げるように、体の芯を見つけてそこに短剣を突き立てれば、僕の非力な攻撃でも確実にアンデッドを破壊できる。


 よし、倒せた。再生する前に先に進む。

 部隊のみんなもちゃんと前に進めてる。


 それにしても、ジーフリトさんはすさまじい。ちゃんと活路を開きつつ、他のみんなのカバーもしてる。


 そうしてしばらく進むと、ぱたりとアンデッドが襲ってこなくなった。一定の距離を保って僕らを囲んでいる。

 目の前には、不気味なボロ小屋。家、と呼べるのだろうか。そして、その小屋の中は真っ黒で、深淵がそこにあるようだった。

 僕は、“死”を想起した。死んだことなんてないはずなのに。


「ここだ。」


 ジーフリトさんが呟く。

 あたりは先ほどとは打って変わって静まり返っている。嵐の前の静けさのように。


 トッ、トッと足音が響く。みんなが身構える。

 小屋から、一体のアンデッドが出てきた。フードを被っている老人だ。


「なっ」


 メルキオールさんが息をのむ。

 アンデッドはそれを無視して話し始める。


「母がお呼びだ。そこの少年、来い。」


 そう言って、アンデッドが僕を指さす。周囲を囲んでいるアンデッドも、僕を指さす。


「お呼びだ。」「行け。」「行け。」「お前だ。」「行け。」「深淵へ。」「呼び出しだ。」「見ろ。」「会え。」「話せ。」「行け。」「来い。」「行け。」「死ね。」


 アンデッドたちが呪文のように言葉を発している。

 僕は理解できず、体が固まった。


「早くしろ、さもないと仲間を殺す。」


 老人のアンデッドがそう言うと、周囲のアンデッドが襲い掛かってくる。みんなは応戦する。


 僕が、僕がいかないといけないのか? 呼ばれてる? 呼ばれてるって、なにに?


「ジー、フリトさん。」


 ジーフリトさんは剣を振りながらも笑いかけてくれる。

 その顔に余裕はなかった。


「無理は、しなくていいよ。」


 その顔を見て思い出す。無理をしているのは、この人じゃないか。せめて、僕が背負わなきゃ。


「僕、行きます。」


 そう決意すると、“死”のイメージが僕を襲った。

 あぁ、恐い。死ぬことがこんなにも恐ろしいことだったなんて。

 でも、やらなきゃいけない。


 僕を見込んで部隊に入れてくれたジーフリトさん。僕に稽古をつけてくれたゼファさん。僕の料理を褒めてくれたリラさん。そして道半ばで犠牲になったたくさんの人たち……。彼らに報いるために、ここで僕が決めなきゃいけない。


「うおぉぉぉぉぉ!!」


 ひと際まばゆい光が煌めく。

 ジーフリトさんが踏ん張ってくれてる。

 

 メルキオールさんの結界も、もうほとんど意味を為していない。そんな中“死”のあんなに近くで戦えてるジーフリトさんはやっぱりすごい。


「小僧、無理すんなよ。」


 盾を構えて僕を守ってくれているゼファさんが言う。


「大丈夫ですよ。」


 僕は覚悟を決めた。


 そして一気に走り出し、その深淵へと潜っていった。





 音が消えた、体も消えた。そして、目を開けると、そこは荒野だった。

 なにもない。空は闇が覆いつくしている。そして、欠けた月がぽつんと一つ。


 僕の目の前には、黒く塗りつぶされた二つの人影。月明かりすら、その輪郭を避けていた。

 その一つが、僕に話しかける


「やぁ、君はだれだい?」

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