エピローグ
ジーフリトは、目の前の異形をただ茫然と見つめていた。
寒い。カチカチと歯が鳴る。
ジーフリトの脳裏には、先ほどの出来事が浮かんでいた。この状況を作った、その原因。
≸
ヴェルグレドが、突然自害した。
突然すぎてジーフリトが戸惑っていると、喉の傷口から黒い濁流が流れ出てきた。そして、その黒い濁流が異形を形どったのだ。
ジーフリトの目の前に立ちふさがっている怪物は、ただ、黒い。黒いとしか形容ができない。その奥には果てしなく深淵が続いているように思える。
ジーフリトは、目の前の異形に対してなんら脅威を感じられなかった。だが、ジーフリトは絶望した。
なぜなら、彼の目の前に在るのは、紛れもない“死”なのだから。
黒き“死”は、万物に平等に手を伸ばした。大地を侵し、草木を枯らし、その場の全ての死者に偽りの生を与えた。
“死”の手はジーフリトにも伸びていた。
ジーフリトは諦観して立ち尽くす。これに対して何かするという気すら起きなかった。それ程までに“死”は自然だった。
“死”がジーフリトに手をかけようとしたその時である。突然、聖剣が光を放ち、“死”の手を払いのけた。そして、小規模の聖域を作り出しジーフリトを守る。
ジーフリトは光輝く聖剣を手に取った。
自身の内側からポカポカとした陽気と、力が漲ってくるのを感じた。
「これは…。」
これは、自身が勇者として予言を受けた時と似ている。そう、教会で神の信託を受けたあの時と。
ジーフリトは気づいた。予言の言う悪とは、魔王のことではなく、ヴェルグレドのことだったのだと。
つまり、この異形は自分が何とかしなければいけない。人々に被害を及ぼすその前に。
ジーフリトは、決意を固めた。
聖剣を握り、構える。
「うおぉぉぉぉぉ!」
ジーフリトは、その光輝く聖剣で異形を斬った。
今までで一番の斬撃だ。そう感じたのにも拘らず、まったく手応えがなかった。残ったのは、空を斬った感覚だけだ。
しかし、異形は嫌そうに身をよじり、逃げ出した。
追うべきか? いや、戻って体制を整えるべきだろう。町を襲われたら一溜まりもない。それに、この場のアンデッドもなかなかの脅威だ。この数は一人で処理するには多すぎる。
ジーフリトは、異形が逃げていく方向をしっかりと見定めた後、王都へ向かって走り出した。
≸
ヒュブリスの丘。ジーフリトと黒い異形が戦っていた場所の、遥か上空。そこに、一頭のドラゴンが飛んでいた。
そのドラゴンは真っ黒で、赤い目をしていた。
「流石です。魔王様。」
ドラゴンの背に乗っている青に近い黒髪の魔族の女性――ルクシアがドラゴンに話しかける。
『
ドラゴンが古代語で話す。ルクシアは長年の勉強の成果で、その言葉を聞き取ることができていた。
「これからどうなさるんですか?」
今、地上のヒュブリスの丘はひどい有様だ。アンデッドがそこら中にいるし、草木も全滅している。
『
「同僚たちを呼び戻しましょうか?」
『
そう言われてルクシアは、魔道具を使って人間領の各地に散っている魔王の配下を招集する。
ドラゴン、もとい魔王が咆哮した。
『
≸
勇者ジーフリトの働きにより、城塞都市ドゥーレン、そしてイズワール王都に対するアンデッドの侵攻は防がれた。
その他の各国に対してもアンデッドの侵攻は起こっていたが、勇者ジーフリトを含む支援部隊による活躍により、いずれも危機を脱した。
その結果、各国は超法規的措置を講じ、
各国の選抜された精鋭たちが集まり、部隊を組織する。
同時に、
暗部の偵察兵が、命と引き換えに情報を掴んだのだ。
彼の
各国は優秀な聖職者や魔術師を集め、旧カルケシア村の周辺に大規模な結界を敷いた。
無限に湧き続けるアンデッドが外に出ないようにするための結界だが、維持が難しく、今も現地では魔術師たちが寝ずに制御している。
魔術師や聖職者たちの突然死も何件か報告されている。その後アンデッド化して暴れるケースもあったらしい。討伐を急ぐ必要があるだろう。
ジーフリトは、目の前で訓練している部隊のメンバーを眺めていた。
みんな、強い。全員でかかってこられたら勝てるかわからないくらいだ。
だが、彼らでもヴェルグレドには勝てないだろう。ヴェルグレドは、自分が倒す必要がある。
正義の名のもとに、勇者は悪を打ち滅ぼすことを誓った。
≸
ヴェルグレドは、一人荒野に立っていた。
「またか。」
前にも似たような夢を見たことを思い出す。前と同じように、自分の輪郭が溶けている。空にはぽつんと欠けた月が一つ。
だが、前回と違って、ヴェルグレドの目の前には一つの人影があった。
「やぁ、君は誰だい?」
ヴェルグレドは陽気に問いかける。この辛気臭い場所で人と出会えたことが嬉しいのだ。
人影は、ヴェルグレドに手を伸ばして、その頬に触れた。
『包んで。』
「え? なんだって?」
ヴェルグレドにはよく聞き取れなかった。
『包んで。』
「もう一回言ってもらえるかな?」
『包んで。』
『包んで。』
『包んで。』
ヴェルグレドは首を傾げた。
「うーん。なんて言ってるのか分からない。私の耳が悪いのかな。」
『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』『包んで。』
『包んで。』
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