第9話 蛮勇の末路

 城の正門前は、さんげきようそうていしていた。


 無数の死体がそこかしこに転がっていた。武装も何もせず、ぼうにもくわくまだけで立ち向かったであろう村人たちの姿がそこにはあった。


 シュタルは利勇にすべてを話した。さんの理由も、多くの村人たちを死なせた理由もすべて──





何故なぜ死んだ、マツさん……!』


 ───今朝のこと、マツが疫病で死んだ。


 三日前までは元気に畑に出ていたというのに、突然高熱にうなされてそのまま死んだのだ。マツの家には大勢の村人が詰めかけ、皆でその死をいたんだ。


 シュタルもそこに駆けつけた。つい先日、お互いに死ぬなと声をかけあったばかりだった。


 村人たちは悲しみを通り越して、もはや今にも破裂しそうな怒りをマツのかんおけの前でぶちまけていた。


『畑はずっと不作続きなのに、税は重くなる一方だ。その上王の気まぐれな処刑におびえて、そうでなくても疫病で次々に人が死ぬ。俺はもう生きるのが嫌になった』


『村がこんな状態で、いくさなんて出来るものか。もう我慢ならねぇ、俺があの王を討ってやる』


『よせ! お前の家族まで皆殺しにされるぞ!』


『だからって、このまま何もせず待ってたって同じことだ! マツさんの無念は俺が晴らす! おいシュタル、お前のやりを貸せ!』


 悲しみは怒りを呼ぶ。そしてシュタルもまた、その一人だった。


 この怒りは一本の槍だけでは収まらない。利勇から受けた命令は、てんねい討ちのためにゆう軍を結成しろとのことだった。しかし頭数をそろえるのではなく、少数精鋭の部隊を構成しろと言われていた。


 だがやはり、多勢であればあるほど心強いものだろう。何より、ここに集まった者たちの怒りをにするわけにはいかなかった。


『みんな、聞いてくれ。利勇様よりめいおおせつかっている。その敵はほくざんでもなんざんでもなく、このちゅうざんにいる。王を討つ』


 シュタルは決断した。今夜の天寧討ちを皆に告げたのだ。当初は明日からの戦のための義勇軍結成だと説明していたが、天寧を討つという利勇の本意を明かしたのである。


 するとふんられた男たちは続々と義勇軍入りを志願した。そのしらせはその日の内に各村に行き渡り、義勇軍の規模はシュタルの予想を超えてふくれ上がった。出陣する前、その正義に駆られる村人たちの姿にシュタルは涙したほどだった。


『正義は我らにある! 王に殺された者たちのためにもたたかうぞ!』


 オモダカのかぶとを被り、シュタルはみんぺいひさいて丘を駆け上がった。しかし───


『シュタル様っ! 隊列を維持できません、とうそつが取れません!』


『くっ、構わないこのまま進めっ! ここは勢いのままに突っ込むぞ!』


 途中、うっぷんらしを目的とした一部の民兵が無関係の建物に火を放った。しかし進軍する勢いを止めるわけにはいかず、シュタルはそのまま馬を走らせる。れんの炎がいっこうの花道をかざった。


 全員分の馬や武具はない。民兵は鍬や熊手を手に、ある者は素手だった。それでもこのこぶしに乗せた怒りは王をも倒しる。シュタルを含めた全員が、得体の知れない高揚感と全能感に包まれていたのである。


 だがそれも長くは続かなかった。元々、正門前はこの膨れ上がった大軍勢を展開できるほど広くはなかった。


『全員で王宮になだれ込めっ! 王を討てえええっ!』


『待てっ、しょうだおしを起こすぞ! 全員止まれえっ!』


『そこをどけシュタルっ! 俺たちの邪魔をするなっ!』


『違う、止まれっ! 弓矢部隊が待ち構えてるんだぞ、止まれえええっ!』


 シュタルの静止も聞かず、民兵たちが突撃する。正門を守る衛兵たちは戸惑いながら弓に矢をつがえる。兵長が号令をかけた。


『来たぞ、弓を放てっ!』


『よろしいのですかっ⁉ 利勇様の策では、殺しなどせずとも……!』


らねばこちらが殺られるのだぞっ! もう一度言う、放てえええーっ!』


『ぎゃああああああっ!』


 一斉に放たれた弓矢が空気を切り裂く。それらはまたたに、正門前を血の色に染め上げた。


『逃げろおおおっ!』


『逃げるなっ、行けえええっ! 王を討てえええっ!』


『落ち着け、みんな落ち着けえええっ!』


 脅しではなく、本気で殺そうとしている敵兵たちの覇気。返り血が返り血を洗い、せいじゃが次々と死体と化す。もはやシュタルの指揮は崩壊していた。


 結果、先陣の兵たちはシュタルの命も聞かずに敗走する。しかし後続の兵たちが道をふさいでいて逃げ場はない。義勇軍は混乱状態となり、弓矢兵たちは悠々ゆうゆうと矢をつがえるのみだった。


 いっを放っただけで、十の人間が自滅する。人や馬に押し潰され、仲間割れからの同士討ちを始め、もはや敵も味方もなくなりお互いに殺し合う。場が収まったのは半分以上の民兵が倒れ、撤退への道が開けてからだった。


『こんな、こんなはずじゃ……』


 自らの馬も討たれ、完全なる敗北を受けてシュタルはぼうぜんしつだった。そこに、あの日シュタルの胸ぐらをつかんだ門番が目の前に立つ。


 門番はシュタルを殴りつけ、言った。


『何故、死に急いだ。我らは利勇様の意に賛同し、お前たちが来たら門を開けるはずだったのだぞ。それなのに何故、あれだけの兵を連れて来たのだ。こちらが殺さねば、我らが殺されていた。我らとて殺したくも、殺されたくもなかった』


 門番たちは門を開けた。


 シュタルは何も言えず、残された十人の兵と共に門を走り抜け、宮殿へと急いだ。

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