35歳でスーパーロボットに乗るのはみっともないですか?

あおきりょうま

第1話 1999年7月、浅井ハル9歳の夏。

 今から26年前。

 俺、浅井あざいハルは九歳だった。


 1999年7月31日。


 ノストラダムスの大予言———「迫る1999年の七の月に恐怖の大魔王がやって来て人類を滅ぼすであろう」

 大昔の十四世紀の占星術師が残した予言で、フランスの王様やイタリアの貴族たちに重宝されただけのおっさんの五百年もあとのことを予言した言葉など信じるに値しないと当時の俺は思っていた。

 だが、それは間違っていた。

 恐怖の大魔王はやって来た。

 その大魔王と言うのは宇宙人だった。

 天空に巨大な四角い窓枠が出現し、そこから大量の宇宙船が姿を現し、東京上空を覆いつくしていた。


「我々は大熊座アルファ星系第三惑星フォーチュン星からやってきた第二銀河帝国人である。この太陽系第三惑星地球を我々の支配下に置き、貴族のリゾート地とする。貴様ら地球人に拒否する権利はなく、貴様らにある権利は我々の支配を受け入れる権利のみである」


 宇宙船から出た立体映像に映し出されたのは黒い肌を持つ二本の角と翼を生やしたまさに悪魔としかいいようがない姿だった。

 そして抵抗するのなら、と見せしめかのように宇宙船からビーム光線が発射され神奈川にあるアメリカ軍横須賀基地が一瞬で蒸発した。次は埼玉の入間自衛隊基地を爆撃するという予告があったが、あっさりと日本は第二銀河帝国に降参し、アメリカも降参こそしなかったものの平和条約を締結し、アメリカ大陸の半分を第二銀河帝国に割譲するという不平等条約を結ばされた。

 俺はただそのニュース報道を、「ふぅ~ん」と思いながら見ていた。

 俺は埼玉県所沢に住んでいて、関東県内で銀河帝国の宇宙船艦隊を見れる範囲内に住んでいたが、日常は全く変化がなかった。

 夏休みだったので友達と遊ぶ約束をしていて、友達の宇佐美君の家に行ってマリカーをやって母親に夏休みの宿題をちゃんとやりなさいと怒られた。「宇宙人が来たんだから小学校なんて潰れるよ!」なんて反論をしても、それを見越していたのか緊急連絡網で「9月から例年通り新学期を始める予定ですので宿題をやっておくように」と学校側から連絡が入り、ああ小学生としての日常は変わらないんだな、とがっかりした。

 恐怖の大魔王が着たところで何でもないんだな。

 確かに大統領や首相なんかはトップの首がすげ変わることになるから、自分の命が危うくなり、政治家たちも今までの政府に義理を通すか宇宙人たちに尻尾を振りプライドを捨てるかを迫られ、胃がキリキリと痛んでいるだろう。 

だが、そんなことは庶民である俺や俺の家族、浅井家は関係なかった。

 そう———思っていた。


 ドオンッ‼


 1999年8月1日20時1分———。


 近所のタイヤ公園と呼ばれるなぜか遊具が全てタイヤで作られているのが特徴の公園から大きな物音がした。

 俺は父や母が「ガス管でも爆発したのか?」と呑気に話している横を通り、遂に宇宙人が俺の住んでいる所沢を攻撃し始めたのだと、なら宇宙人の姿を一目見てみたいと思ってこっそりサンダルを履いて家を出て音のしたタイヤ公園に走っていった。

 そこには———鉄の巨人がいた。

 真っ黒な装甲に巨大な二本の腕を持つ巨人。その腕はあまりにも巨大で鉄の巨人の胴体とほとんど同じ大きさ。そして肘に当たる部分に大きなピストンシリンダーが付いており、恐らく杭打機パイルバンカーのシステムで鋭くとがったものを敵に打ち込む攻撃をすることができる機械なのだろう。


 プシュー……!


 胸の真ん中のハッチが開く。


「う……うぅ……!」


 そこから———天使が舞い降りた。

 杏子色の髪の毛をした真っ白な翼を背中に生やした十四~十六ぐらいの少女が黒鉄の巨人の胸の中から零れ落ちてきた。


「だ、大丈夫⁉」


 人間が出てくるとは思わずに俺は慌てて天使に向かって駆け寄った。


「う……あなたは……?」

「ぼ、僕は倉田小学校3年3組出席番号1番の浅井ハルです。あなたの方こそ、誰?」

「私はフォーチュン星の反銀河帝国組織コンチェルトの構成員、アリア・アテリアル。この地に眠る真の勇者を求めてやってきました」

「真の勇者……?」

「この亜空ロボ———〈ガンフィスト〉の性能を引き出してくれる真の勇者を」


 天使が、アリアが背後の黒鉄の巨人を指さした。

 俺はその頭部を見上げた。

 オレンジ色に光るガラスのような半透明の板に覆われた瞳。

 その瞳が———ポウッと光った。


「ああ! あれはまさに勇者を見つけた証! あなたが〈ガンフィスト〉の性能を最大限に引き出してくれる勇者様なのですね!」


 アリアが嬉しそうに俺の手を握った。


「お願いです! ハル様! 〈ガンフィスト〉の乗り手となり、第二銀河帝国を撃ち滅ぼしてください!」


 そして懇願された。

 そのシチュエーションは男の子なら絶対に憧れるシチュエーションだった。 

 世界の危機を前にして、超凄そうな兵器が目の前に落ちてきて、美少女が助けを求める。子供向けのヒーロー番組にありがちな導入だった。

 普通だったら、間髪入れずに「OK!」というところだろう。

 そう、普通の小学校低学年ぐらいだったら……。


「あ、そういうの大丈夫なんで」

「……え? ハル様?」


 アリアが戸惑う。

 そう、俺はもう小学三年生。

 子供向けヒーロー番組や怪獣を倒すロボットアニメなんかは一年前にとっくに卒業済み。

 もうゲームや週刊漫画誌に載っているバトル漫画に夢中になっている年頃だったのだ。


「ごめんなさい。ロボットに乗るとか、世界を守るとか、そういうのダサいと思うんで。僕は乗らないです」

「え、ええええ⁉ ちょっとハル様⁉」

「こういうロボットに憧れる歳でもないんで」

「ええええ‼ ハル様どう見てもまだ子供じゃないですか!」


 そのアリアの言葉にカチンときた。

 もう絶対にこのロボットには乗らない。乗ってやるものか……!


「じゃあ、友達にこのロボットの近くにいるの見られでもしたら馬鹿にされてからかわれるんで———、」


 新学期始まって、もしかしたらクラスで「あいつこの歳になってロボットに乗ろうとしてたぜ! だっせーよなぁ! おい、ロボット野郎! まだヒーローになれると思ってんの?」とかいじめっ子に言われるかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。


「———僕は帰ります。そのロボットに乗る人なら別の人を探してください」

「ちょ、ちょっとハル様!」

「じゃ!」


 手をシュタっと上げ、宇宙人のアリアと黒鉄の巨人〈ガンフィスト〉を残して俺はタイヤ公園を後にして家に帰った。

 それからどうなったのかは知らない。 

 自衛隊が〈ガンフィスト〉をヘリコプターを六機出動させて回収したらしいが、そこから宇宙人たちに引き渡されたのか、自衛隊の入間基地でこっそり保管されているのか、一庶民である俺には全く情報は降りてこなかった。ニュースで報道されもしなかった。

 あの夜の出来事は夢だったんじゃないかと思う。

 だけど、宇宙人に地球が侵略され、支配されているのは夢じゃなく現実だった。

 それから、1999年7月31日にノストラダムスさんの予言通りに来た第二銀河帝国人たちは地球の衛星軌道上に居座り、人工衛星の隣で地球をぐるぐる周回しながら地球を植民地化していった。

 それから二十六年後、第二銀河帝国支配下の日本で俺は普通にコールセンターの正社員として働いて低賃金ながらも頑張って普通に暮らしていた。


 そして今。


 俺は三十五歳になった。


 俺は、あの巨大ロボット〈ガンフィスト〉に乗らなかったことを———特に後悔はしていなかった。


 だって、どうせ勝てないし。


 敵は帝国の大艦隊なんだから、ロボット一機で立ち向かったところで勝てるわけがない。

 そんなの無理無駄無謀。


 俺は———無駄なことはしない主義なのだ。

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