終章

41・新『ガイウスの宴』


 セレイア王国の王城は、千五百年の歴史を持つ国にふさわしく、重厚さと荘厳さをそなえた歴史的建造物である。資源に乏しい小国であるのに周辺諸国に一目おかれるのは、宝石の交易でうるおう国庫の豊さゆえだ。


 威厳あふれる王城の豪奢でみちあふれる執務室で、現国王であるガイウス八世は両足を机上に投げ出し、腕を組み羽ペンを鼻の下にはさんで、目を閉じていた。


「陛下、居眠りしないでください」


 ガイウス八世は目をあけた。同時に鼻の下から羽ペンがすべりおちる。ペンをそつなくつかんで声のほうへ目をやると、白ひげの宰相が書類を手にやってきた。


「こんな器用に寝る輩がおるか」


 ガイウス八世は羽ペンをふってモコモコひげの宰相に示した。


「陛下なら逆立ちしながらでも居眠りできましょう。今年の原石上納数があがってきました。お目通しを」

「どーせフォンティネールが一番で、定番四家がその下を競ってて、十六番あたりまではどんぐりの背くらべで、それ以下はやる気がないのであろう? もっと混戦すればよいものを。つまらぬなあ」

「若干、混戦の気配は見えますが」


 宰相は机にのった王の足の間に、細かく数字の書きこまれた書類を置いた。王は椅子にもたれた身を起こそうとし、きつい体勢に顔をゆがめた。


「おみ足を下ろされればよろしいかと」

「うむ。忠告感謝する」


 王は机の下に足をおろした。ようやく机の書類を見るのに楽な姿勢となる。


「……なんだ、やはりぶっちぎりでフォンティネールではないか。当主は病だそうだが、あそこの奥方は化け物だからなあ」

「上位はあまり変わりません。十三番目をご覧ください」

「十三番? ……ほほお。しかし、なぜ当主ではなく娘の名前で出てくるのだ?」

「エモンティエからではなく、フォンティネールからの申告なのです。今秋、フォンティネール領で騒動があったことはご記憶に新しいかと思います。その際ご報告申し上げたと思いますが、騒動の収束にエモンティエ伯爵家が協力いたしました。ミュリナ嬢が魔物退治にて活躍されたようです」

「自領に魔物が湧かないから、出張魔祓い士になったのか? ……それにしても大した数字だぞ。今秋から二、三ヶ月の累計でこの数とは」

「累計ではなく、一晩で仕留めた数だそうです」

「なに?」

「累計ではなく、一晩で仕留めた数だそうです」

「いや、きこえなかったわけではないのだが……。一晩でこの数とは、どこぞの王族だ」

「どこぞの王族かと問われれば、魔祓いをする王族はセレイアの王族以外存在しないので、セレイアの王族ということになります」

「いや、問うたわけではないのだが……。話しづらいな、おまえ」

「もうしわけございません」

「エモンティエ伯爵の妻は誰だったかな」

「マノン・ジュ・エモンティエ夫人。旧姓はローザンスでございます」

「ローザンス子爵家? 序列絵に描かれたこともない下位貴族だな。エモンティエ家も由緒は古くとも地味な一族だし、王族の血を引くわけではないのか……」


 ガイウス八世は腕を組み、羽ペンをくわえ思案するように眉間を寄せた。

 宰相はごほんと咳払いした。意を決したように白ひげに埋まった口を開く。


「大変心苦しいのですが、私はひとつ低俗なうわさ話を語らねばなりません」

「それは是非きいてみたい。おまえが語るうわさ話を」

「マノン様は先王の落とし胤だそうです」

「なに?」

「マノン様は先王の――」

「きこえているから、くりかえさなくてよい。父上の妾の子?」

「若き日の愛のあやまちでございます。あくまでもうわさですが――。本当だとするならば、ミュリナ様のはじきだしたこの数字も納得がいきます。ガイウスの血に、魔族は敏感に反応します。王族が魔物の巣にのりこんで、その血を流したらどうなりますか」

「血のにおいで魔物がわらわら寄ってくるな。いまいましいことに」

「寄ってきたところを一気に片付けたら、このくらいの数字は出るのではないでしょうか」

「余は出したことがないぞ」

「マノン様はあったようです。それが、王の子とうわさが出たきっかけです」

「根拠はそれだけか?」

「それだけです――と申し上げたいのですが、とっておきのうわさ話はここからでございます」

「なんだなんだ?」


 ガイウス八世は身を乗り出した。


「マノン様の母君でいらっしゃるローザンス子爵夫人には、妹君がいらっしゃいます。パンシエ男爵夫人です。御夫君をはやくに亡くしお子様もなく、ひっそりと王都で暮らしていらっしゃる」

「パンシエ男爵夫人? 顔がわからぬなあ」

「現在はご隠居の身で、王城へあがられることもございませんから。ご結婚前の若い頃は、王城で王女付きの女官をしていたそうです。仕えていた姫が嫁いだため王宮を辞したあと、彼女は実家にもどらず、一年ほど姉の婚家で過ごしていたようです」

「姉の婚家で一年も? なぜだ?」

「さあ?」

「さあっておまえ。怒るぞ?」

「わかっていることは、パンシエ夫人がローザンス家に滞在中、マノン様がお生まれになったということだけです」

「……ということはつまり?」

「マノン様の実の母親は、ローザンス夫人ではなくパンシエ夫人かもしれないということです」

「父親は?」


 宰相は壁に飾られた、前国王の肖像画を見やった。


「なるほど……」


 ガイウス八世はふたたび書類に目を落とした。

 ミュリナ・ジュ・エモンティエ。舞踏会で見たとき、表情の豊かな美人だと思った。

 堅物と評判のフォンティネールの跡取り息子が彼女をちらちら見ているのに、ちっとも気付かないのがおもしろくてしょうがなかった。


「おい。次の序列絵を描くのはいつだ?」

「再来年のはじめです。来年までの原石上納数で誰を描くか決まります」

「ミュリナ・ジュ・エモンティエ、もっと追い上げてこないものかな。序列絵に描かれたら、きっと盛り上がるぞ。やはり盛り上げるには男ばかりではいかん。フォンティネールも当主ではなく美人の奥方を出すべきだ。当主は病気で働いていないのであろうし」

「それでは貴族社会が崩れます。貴族をまとめあげるには、序列絵はやはり家単位、当主を描くのがよろしかろうと思います」


 ガイウス八世は肩をすくめた。

 初代ガイウスのころは、家単位なんかじゃなかったぞ。『ガイウスの宴』に描かれた男たちは、新天地を切りひらくために一族を捨ててやってきたやつらなんだぞ。


 石頭の宰相にそう言ってやりたかったが、若い王はなにも言わなかった。


 自分の治世はまだはじまったばかりだ。

 これからどんな時代がはじまるのだろう。

 これからどんな若いやつらが、自分の治世に参加してくるのだろう。

 わくわくするようでもあり、先が見えなくておそろしいようでもある。


(いっそ、貴族ではない者を序列絵に描いてもよいのではないか? 宝石上納数にこだわらずに、なにか国家のために功績をあげた者を描くとか)


「余の治世が終わるころ、序列絵ががらっと変わっていたりしたらおもしろいな。やはり余は、初代の絵のごとき宴会の絵が好ましい。女もありでな」

「陛下らしいご意見です」


 いいとも駄目とも言わず、白ひげの宰相は執務室を辞していった。


 ガイウス八世はふたたび机に足をのせ、ふんぞりかえって窓を見た。

 窓の外には澄み渡った冬の青空。



 セレイアのこの空の下に、余の生涯の仲間がいるのだ――。



 青年らしい希望を胸に、王はひそやかなほほえみを浮かべた。





〈 セレイア王国きのこ倶楽部 完 〉

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