11・リディアーヌからの手紙


 エモンティエ家の屋敷内には、たくさんの絵が飾られている。そのほとんどが、ミュリナの母マノンの手によって描かれた水彩による細密画だ。

 ――きのこの。

 エモンティエ家の屋敷が領民から「きのこ屋敷」と呼ばれるのは、当主がきのこの研究をしているためだけではない。家中きのこの絵だらけにしている妻も一役買っている。もしかしたら、建物の老朽化が激しくて、今にも朽ちてきのこが生えそうだという理由もあるかもしれないが……。


 ノックに「どうぞ」と返された声を聞き、古びた樫のドアを開けて、ミュリナは母の寝室に入った。


「お母様、ただいま帰りまし――うぷふぐぅっ!」


 ミュリナは思わず鼻を押さえて後ずさった。

 なんたる悪臭! 悪臭――? いや、よく嗅いでみれば嗅ぎなれたにおいだ。これほど濃くさえなければ、さわやかなよい香りであるはずの地元特産高級きのこの香り。


「おかえりなさい。ミュリナ」


 母マノンは一見人のよい、柔和な笑顔で娘を迎え入れた。腰を痛めているため、コルセットのいらない夜着姿だ。肘をついて横たわった状態で、ベッドで書きものをしている。


「――お母様、この箱、まさか全部テャール?」


 母のベッドのまわりには、贈答用テャールの箱が積み上げられていた。


「そうよ。うちにとってはほとんど元手がかからない贈り物なのに、どこの貴族もテャールだったら喜ぶわ。テャール様々よねぇ」

「……テャールに添えて、魔除け茸の実験をさせてくださいって手紙を出すの?」


 地中で湧く魔物の発生を食い止めるきのこは、とりあえず「魔除け茸」と呼んでいる。魔除け茸の他領地での実験許可を求めて、各地の領主に手紙を書き送るのは、近頃のマノンの日課になっている。


「もちろん」

「手紙で頼むなんて地道なやりかたで、実験許可をもらえるのかしら」

「手紙でハイドーゾって許可をもらえるとは思ってないわ。大切なのは、エモンティエ家はこんな手段を持っていますって、みんなに意識してもらうことよ。そうすれば、なにかのきっかけで頼りにされることもあるかもしれない。まずは魔除け茸の存在を覚えておいてもらうこと。つまり、これは宣伝よ」

「はぁ、先は長いわね。覚えておいてもらうためだけに、贈り物まで添える必要があるのかしら……」

「テャールは贈り物であると同時に、魔除け茸の説明も兼ねてるのよ。手紙だけ読んだら『魔除け茸ってどんな形のきのこ?』って思うでしょ? 無色透明なテャールですって説明してテャールの実物も送れば、魔除け茸の見た目が浮かびやすいんじゃないかしら」


 なるほどと思い、ミュリナはうなずいた。魔除け茸そのものを送りつけるより喜ばれる上に、「無色透明」なきのこってどんなだろうと好奇心も湧くだろう。

 ミュリナは、母マノンは貴族より商売人が向いているのではと思った。


「テャールが森の真珠なら、魔除け茸は森の水晶ね」

「あらミュリナ、いいわねそれ! 魔除け茸の名前、森の水晶にしちゃいましょうか?」

「赤くなったり青くなったりするけど、いいの水晶で?」

「森のルビー森のサファイア森のエメラルドその他もろもろになる森の水晶」

「長いわよ。森のエメラルドで思い出したわ。わたし、これをお母様に見せに来たの」


 ミュリナは手にしていた小箱の蓋を開け、マノンの眼の前に差し出した。

 ダイヤモンドと真珠に囲まれた、大粒のエメラルド。

 マノンはしばらく箱の中を凝視したのち、娘の顔を見上げた。


「なにこれ。――魔具級の大きさよ」


 真面目な面持ちで、マノンは言った。

 魔具。セレイア王国では魔物と戦うための武器に、宝石をはめ込む。宝石には美という価値以上に、魔と戦うための道具という実用面の価値があるのだ。


 魔物は、ただの人間が手にした剣や弓矢では傷つかない。

 魔物を傷つけることができるのは、魔の次元に属する者のみ。セレイア王国建国の志士、ガイウス一世とその二十四人の配下たちは、その血に魔族の血が混ざっていたと言われている。だから魔物と戦うことができたのである。その血を受け継ぐ王と貴族たちもまた、魔物を攻撃することができる。


 しかし、ガイウス一世の御代から千五百年。貴族は貴族どうし交わることでその血の濃さを保とうとしているが、それでも少しずつ血の効力は薄れてきている。


 薄れゆく血の効果を補佐するのが、魔具である。

 魔族は死ぬと、その体を原石に変える。

 宝石の原石に――。

 かつて魔物だった宝石を埋め込むことによって、武器は魔具となる。

 魔族の血を引くセレイアの王族・貴族が、魔具となった武器を持てば、魔の効果が響き合い、大きな魔祓いの力を発揮することができるのである。


 宝石の中でもとくに大きな宝石は、武器に埋め込まずとも身につける者の魔祓いの力を高めるという。たとえばこのエメラルドくらいの大きさならば――。


「こんな大きなエメラルド、市場には出ないわ。店で購入できるものじゃない……ってことは、こんな大きな宝石に変わるくらい大きな魔物を倒せる人から、渡されたってことね?」


 マノンは言った。その通りだった。


「リディアーヌ・ジュ・フォンティネール伯爵夫人よ。お母様」

「リディ……」


 つぶやくマノンの声に、当惑の響きが混じる。


「お母様がリディアーヌ様とお友達だったことと、仲たがいしてしまったことはきいたわ。リディアーヌ様は、お母様と仲直りしたいっておっしゃってたの。この首飾りは、仲直りのしるしにお母様に渡したかったんですって」

「仲直りのしるしにしちゃあ、大仰だわ……。ミュリナ、あの人はね、変わり者だけれど魔祓いに関してはおかしなことはしないわ。魔具として価値の高い宝石を、旧友にぽんとくれてやるようなことはしないのよ。――なにかあるわね」

「なにかって……」


 寝室のドアがノックされる。マノンが「どうぞ」と答えると、メイドのレーナがトレイに一通の封書をのせて入ってきた。


「奥様、お手紙でございます」

「ありがとう、レーナ」


 マノンは封筒を裏返し、赤い封蝋に押した紋章と差出人の名を見て、目を見張った。


「……リディからだわ」


 封を開け、中を一読したマノンの眉がひそめられる。長い手紙ではないようで、読み終えたマノンがミュリナの顔を見上げるまで、そう時間はかからなかった。


「なにが書いてあるの、お母様?」

「昔した喧嘩に対する謝罪の言葉と、舞踏会であなたに会ったこと。それから――」

「それから?」

「たすけてちょうだいって……」

「えっ……?」

「ふつうの手紙だけれど、私には、たすけてちょうだいって書いてあるように思えてならないの。リディになにかあったのかしら……?」



 親愛なるマノンへ

 おひさしぶりね。突然の手紙に驚いたところかしら。それとも、もうお嬢さんからわたくしの話をきいたかしら。

 まず、わたくしはあなたに謝罪しなくてはならないわね。

 ごめんなさい。

 あなたには何度も手紙を書いては、出さずに破り捨ててきたわ。喧嘩別れしたことも後悔しているし、あなたが仲直りしましょうと書いてくれた手紙に返事を出さずにきてしまったことも、とても後悔しているわ。

 本当にごめんなさい。

 舞踏会で、お嬢さんにお会いしたわ。お顔がエモンティエ伯に似ているから、彼に似ておとなしいかと思ったけれど、しっかりした気質はあなたに似ているのね。『ガイウスの宴』の前でお嬢さんとお話したとき、あなたにはじめて会ったときのことを思い出したわ。来ると思っていたあなたの姿が王城になくてさみしかったけれど、お嬢さんにお会いできてうれしかった。お嬢さんにそう伝えてちょうだいね。

 もしあなたがわたしを許してくれるなら、お嬢さんに託した宝石を身につけて、フォンティネール家の別荘へ遊びに来てちょうだい。お嬢さんも一緒だとなおうれしいわ。別荘の近くに温泉が湧いているから、腰の療養がてらどうかしら。

 医師から旅の許しが出たら、考えてみてちょうだい。旅費や滞在中のあれこれはなにも気にしなくていいのよ。わたくしがすべて整えるって約束するわ。

 それでは、お嬢さんとエモンティエ伯によろしく。

 この秋は、あなたの訪問を心待ちにして過ごすことになりそうよ。


リディアーヌより

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