第24話「トリック・オア・耳たぶ」

「というわけで、ハロウィンパーティやろー☆」


「ティアナちゃん! その提案……ナイス!!」


 ティアナの唐突な宣言と、親指を立てるケンゴに、周囲からいつもどおりの笑い声が上がった。


「ってことで、久しぶりにユウリん家、いいよな? パパさんもママさんもどーせ海外だろ?」


 突然のむちゃぶりに、思わず「え?」と、リュシアの顔を見てしまう。

 俺はあわてて、勢いよく立ち上がった。


「あ、いや、えっとだな……散らかって……そう! 散らかってるからムリ! 散らかりすぎて今一面のゴキブリなんだ俺ん家」


「こわっ! そんなとこで生活してんの?!」


「ユウリの家汚そうだからムリー☆」


 ティアナも察して調子を合わせる。

 深く突っ込まず、ケンゴが「だったらさ」と提案した。


「コスプレ衣装の貸し出しあるカラオケにしようぜ。夏休み前にも行ったとこ」


「私、コスプレしてみたいです! ケンゴさん!」


「え! おれもリュシアちゃんのコスプレ見たいです!」


 クラスのいつメンが集まる。

 勢いのまま、放課後のカラオケパーティが決定された。


 いつもの駅前のカラオケ。

 仮装したクラスメイトたちが、思い思いの姿でフロアに集まっていた。

 赤ずきん、キョンシー、魔女。

 男子たちもそれぞれに、王子様風、ドラキュラ、悪魔の角など、浮かれた格好で盛り上がっている。

 リュシアは、ボロボロの白衣に血のりをつけたゾンビナース。

 銀髪に、赤い染料が不自然に映えて、妙に艶めかしい。

 ティアナは、露出の多い黒のミニドレスに、羽根つきカチューシャのサキュバス。

 むやみに脚を出すなと注意したら、逆に笑い飛ばされた。


「あれあれ~? おにぃちゃん、ティアナの脚が気になるのかな~?」


「うるせぇな、そういうことじゃねぇよ」


「ティアナちゃん! おれは気になるよ!」


「だよね~。気にならないって言う人ほど、実は見てるんだよねぇ☆」


 即席ハロウィンパーティは、笑いすぎて涙が流れるほど盛り上がった。

 駅前でみんなと別れ、帰り道は不思議な寂しさすら感じたくらいだ。

 秋の夜風が、ほてった顔に心地いい。

 ふわふわした気分で家の玄関を閉めたところで、リュシアとティアナがくるりと振り返った。

 ふたりの視線が交わり、ぴたりと動きを揃えて口を開く。


「トリック・オア・トリート!」


 同時に言うな。

 絶対に練習しただろ。


「……お菓子なんかもうねぇぞ。カラオケで全部食ったろ」


「あっはは、じゃあ――イタズラ、だね☆」


「異議なし、です」


 一瞬、二人の目がキラーンと光ったように見えた。

 直後、ティアナが音もなく俺の背後に回り込む。

 逃げる前に、肩をしっかりつかまれていた。

 前方からは、リュシアが両手を上げて、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「ちょ、待て、おまえら……その顔、ぜったいロクなこと考えてないだろ……」


「いいえ、文化的交流、です」


「お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ~☆」


 次の瞬間、ティアナの指がわき腹にするりと入り込んだ。

 リュシアの指も、首すじをそわそわと行ったり来たりする。


「うわ、く、ははっ……やめ、ばか、やめろって!」


 笑いたくないのに笑ってしまう。

 逃げたいのに、肩を押さえられて逃げられない。

 体勢が傾いた俺を、ふたりが両側から囲むようにして密着した。


「では、いち、にーの――」


 リュシアの声が、すっと落ちた。


「さん」


 二人のカウントダウンが重なる。

 えっ、と思う暇もなく。

 耳のすぐそばに、なまぬるい吐息が触れた。

 その体温に、背筋を撫でられたような感覚が走り、ちょっとトリハダが立った。


「な……っ」


 息が詰まる。


 次の瞬間、左の耳たぶにリュシアの唇がふれた。

 あたたかく、柔らかい。

 それから、ほんの少しだけ歯が触れて――


 甘噛みされた。


「あ……っ」


 不意に漏れた声に、自分で驚く。

 でも、その反応を待っていたように、右耳にも、ティアナの口元がそっとふれた。

 くすぐるように、唇で耳たぶを包み――そのままぺろりと、耳の内側まで舌がなぞった。


「くっ……」


 耳の奥まで、濡れた感触がぞわぞわと刺さる。

 まるで熱の入った氷を流し込まれたような――そんな衝撃だった。


「ふふっ、反応いいじゃん☆」


「驚いていただけて、光栄です」


 リュシアの口が耳から離れる時の「ちゅぱっ」という小さな音に、またトリハダが立つ。

 二人は同時に離れ、何事もなかったかのように立ち上がる。

 俺は、膝から力が抜けて、玄関に崩れ落ちた。


「文化的交流、大成功ですね」


「トリック、達成~☆」


 ふたりの表情は、どこまでも無邪気で、悪びれる気配もない。

 でも、鼓膜の奥がまだ火照っている。

 耳たぶに残る、ふたりの唇の形。

 その感触が、いつまでも消えてくれなくて――


 俺はその夜、まったく眠れずに、朝を迎えた。

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