月の導きで眼帯の陰陽師と結婚させられました

日埜和なこ

第1話 始まらない恋に破れたら、異世界で「月の巫女」になりました

「────えっと、巫女ってどういうことですか?」

「じゃから、お主に妾の恩恵を与え、月江戸で巫女になってもらうことにした」


 白無垢のように真っ白で、金色の刺繍が施された絢爛豪華な着物を身にまとう絶世の美女が、妖艶な笑みをたたえた。

 待って、意味がわからない。


 さっきまで私は、頼まれて出た合コンの帰り道、一人寂しく繁華街の歩道を歩いていたのよ。


 過去に付き合った男は、モラハラ男子や浮気男ばかり。自他とも認める男運マイナスな人生の中、やっと見つけたと思った気遣いと優しさみたいな彼は、道路を挟んだむこうの歩道で、私の親友とイチャイチャしながら歩いていた。

 やっと心惹かれる人が現れた。また恋愛してみようかな……と思っていた矢先に、失恋確定だなんて。


 衝撃で頭が真っ白になった。そこに突っ込んできた路線バス。眩しいヘッドライトと悲鳴、喧噪──誰かが「危ない!」って叫んだけど、私の足は動かなかった。


 どうしてここまで運がないの。男運がないだけでも散々だっていうのに、なんで、最期に見るのがバスのヘッドライトなのよ。

 そうして、光が強くなってしばらくしたら、この真っ白な空間にいた。


 着ている服はそのままだ。合コンのために頑張っておしゃれをしたラベンダーピンクのワンピース。でも、持っていたバッグは見当たらない。ああ、バッグに読みかけの時代小説があったのに。主人公の葛葉はちゃんと思いを告げられたのかな。

 失恋確定だけじゃなくて、物語の結末を知ることもできずに死ぬとか、運がないどころの話じゃない。


 色々思い出して憂鬱になっていると「月宮凛、妾の巫女になるか?」と絶世の美女が聞いてきた。


「選択肢があるの?」

「それくらいはの。一つは、妾の巫女となり月江戸にゆく」

「月、江戸?……もう一つは?」

「元の世界に戻って昇天することじゃな」

「昇天……死ぬってこと!? そんなの選択肢っていわないでしょ!」


 どう考えたって一択じゃない。

 理不尽さに身を震わせていると、絶世の美女が私に近づいてくる。長い髪や睫毛まで銀色で、本当に綺麗な女の人だ。

 金色に輝く瞳がじっと私を見つめて「戻るかの?」と尋ねてきた。


「……巫女になるって、なにするのよ」

「なに、巫女を呼び寄せる者のところで、手を貸すだけじゃ」

「呼び寄せるって……」


 もしかして、それってラノベによくある異世界転生とか召喚って話かしら。

 てことは、近世ヨーロッパみたいな煌びやかなファンタジー世界に……それならここに現れるのは、ドレス姿の女神様が定番よね。私の前に現れた絶世の美女は、どう見たってヨーロピアンな感じじゃないわよ。

 輝く着物姿の女神様なんて聞いたことないんだけど。


 観察するように私を見るおそらく女神様は、困惑する私の髪に触れてきた。顎のラインで内巻きにしているボブカットは、つい三日前に切ったばかりだ。


「見た目はまあ、悪くないの。少しばかり短い髪は見劣りするが……日が経てば伸びよう」

「──は?」

「どれ、そなたに相応しい着物をあつらえてやろう」


 透き通る白さの指がひらりと返され、その掌に輝く星が集まる。ふうっと息が吹きかけられると、キラキラとした光が私を包み込んだ。

 眩しさに一度、目を閉ざした。直後、きゅうっと胸周りが締め付けられる。なにが起きたのかと慌てて目を開けると、私はまるで神社の巫女さんみたいな恰好をしていた。


「それに、色々と身体も強化しておいてやるかの」

「強化って? むきむきの筋肉質は嫌なんですけど……」

「そうではない。危ないものを口にしても、大概のものは浄化できる体にしておいてやろう」

「あ、危ないもの?」


 ただならぬ気配を感じ、顔が引きつった。


「そなたのいた世界と少し違うからの。せっかくのセカンドライフ 、毒でも口にしたら大変であろう?」

「待って、そんな危険な世界なの!?」


 女神様の手が再び翻ると、銀色の光が集まってきた。それに再び、女神様の息がふっとかけられると、私に光がまとわりつき、今度は染み込むように入り込んできた。まるで、カラカラのスポンジが水を吸うみたいに。


「な、なにこれ!?」


 胸が熱くなり、心臓が激しく鳴った直後、体の中でなにかが弾けたような気がした。それと同時に、身体がふっと軽くなった。


「これで、悪しきものが体内に入っても、そなたを滅ぼすことは叶わぬ。男運がなかったことは忘れ、新しい生を楽しむことじゃ」

「……え?」

「そなたが望んだ、優しくて気遣いのできるおのこの元へ送ってやろう」

「は? それってどういう意味──!?」


 それにどうして、男運がないって知っているの。疑問を投げかけようとした瞬間、目の前が真っ白になった。


「待って。待ってよ、女神様!」


 私の声は虚しくも光に飲み込まれ、あまりの眩さに目を閉ざすしかなかった。

 ああ、本当についてない。

 男運どころじゃなくて、私の人生そのものがついていなかった。死んだ上、よくわからない世界に飛ばされるなんて。


 ふと、ひんやりとした石のような感触がした。

 恐る恐る目を開けると、私は磨かれた黒い石の上に寝ていた。この石って、お墓に使われる御影石よね。

 異世界転生って、お墓からスタートするものなの?──ぞっとして、飛び起きると「お待ちしておりました、巫女様」と真っ直ぐな声が静寂を震わせた。

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