第10話 牽制したい
「ささっ、会話はこれくらいにして練習始めない?」
そう言って二人の間に入り込むと、二人とも息を吐いて頷いた。
だがすぐに、二人の視線が俺に集まる。
「ねえ、今日は私を描いてくれる?」
夏希が先手を打つ。
「ねえ、冬馬はどっちを描きたいの?」
陽菜もすかさず加勢してくる。
選択肢を迫られている。しかも、どちらかを選べば、もう一方との空気は確実に気まずくなる。
このままじゃダメだと思い、俺は一つの提案をする。
「じゃあ、こうしようか」
そう言って、ポーズの指示を出した。
二人は明らかに不満そうな顔をしながらも、向かい合い、手を取り合うポーズをとってくれた。
「まさか、君が両方を選ぶなんてね」
「いつからそんなに欲張りになったのかな?」
ふたりが茶化してくるが、俺は必死に絵に集中した。
(、、ごめん。これが今、俺にできる最適解なんだ)
ふと、夏希が質問を投げかけてくる。
「ねえ冬馬。私と陽菜、どっちのほうが描きやすいの?」
その言葉には、どこか探るような、鋭さがあった。
「あ、それ僕もちょっと気になるかも」
陽菜まで乗ってくる。
二人に見られながら、俺は答えに窮した。
少し間を置いて、苦笑いを浮かべながら言う。
「いや、、二人とも、それぞれに違った良さがあるから、、どっちかって言われると、決められないかも」
「「へぇ~」」
重なった声には、なぜか妙な重みがあった。
その後、なんとかラフを描き終えると、二人はポーズを解き、すぐに俺の元へ絵を覗きにくる。
「どれどれ、、おお、アナログでもやっぱり上手いね」
「うん、いつも通りの君の絵だね」
何気ない感想のやり取りの裏で、目と目がぶつかって火花が散っている気がした。
(女子って、、こわ、、)
「あ、ちょっとこの構図、ここは絵の中で印象、、」
後ろを向いた瞬間、ふわっとした柔らかい感触が顔に当たった。
見上げると、赤面した夏希の顔がそこにある。
「な、何してんのよ!」
夏希が慌てて飛び退き、胸元を腕で隠す。
「ご、ごめん!でも、不可抗力だって!」
「はぁ!?人の胸に顔うずめて、不可抗力はないでしょ!?」
そのやり取りを横目で見ながら、陽菜が自分の胸に手を当ててポツリとつぶやく。
「、、僕にも、もうちょっとあればな、、」
その言葉は、聞こえなかったことにしておいた。
しばらくして、二人の熱もようやく冷めたのか、沈黙が訪れた。
「夏希、本当にごめん。気を悪くしないでくれよ」
「ううん。私も、、ちょっと言い過ぎた。ごめんね」
場の空気がようやく落ち着いたところで、陽菜が時計を見て手を叩く。
「そろそろ時間じゃない?バス、逃しちゃうかも」
「そうだな」
「うん、そうね」
教室の窓の外は、すっかり夕暮れに染まっていた。
赤っぽくしまった夏希がガラス越しに差し込んで、3人の影を静かに浮かび上がらせる。
「じゃあ、私、先に行くね」
陽菜が軽く手を振って、ドアに向かう。
その途中で、ふと立ち止まり、少しだけ振り返った。
「、、また、モデルになるから。遠慮なく言ってよ、冬馬」
その目はどこか優しげで、、でもやっぱり、夏希を意識しているのが伝わってきた。
「あ、ありがとう。助かるよ」
俺の言葉に、陽菜はほんの少しだけ満足そうな顔をして、廊下へと姿を消した。
教室に残ったのは、俺と夏希の二人だけ。
しばしの沈黙の後、夏希が口を開いた。
「さっきは、、本当にごめん。変な空気にしちゃって」
「いや、俺のほうこそ、、ちょっと焦ってた。ごめん」
「ふふ。でもね、今日はちょっとだけ、、嬉しかったんだよ」
「え?」
「冬馬が、迷ってくれたこと。どっちかをすぐに選ばなかったこと。、、昔の冬馬なら、ああいうときって逃げてたと思うから」
「、、変わったんだよ。少しは、俺も」
「うん。ちゃんと、向き合おうとしてるの、わかるよ」
夏希が優しく笑った。
それは、かつて図書室の隅で見せていた、静かな影を抱えたあの子とは違う、まっすぐな夏希
だった。
けれど──根の部分は、変わっていないのかもしれない。
「ねぇ、次は、私だけを描いてよ」
夏希が冗談っぽく言う。でもその声には、願いのようなものが混ざっていた。
「、、検討しとくよ」
俺がそう返すと、夏希は満足そうに笑ってカバンを肩にかけた。
「じゃあ、また明日ね」
そう言い残して、教室をあとにする。
夕焼けに染まった廊下を、彼女の背中がゆっくりと遠ざかっていく。
──次は、誰を描く?
心の中に、またひとつ、答えの出ない問いが生まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます