議員の給与
星野 暁
第1話 朝の愚痴
朝の喫茶店は、新聞とコーヒーと愚痴でできている。
「まただよ。議員の給料が上がるんだってよ」
カップを置く音がやけに大きく響いた。
新聞を小さく畳みながら、佐々木は顔をしかめて吐き捨てる。
「寝てるだけで何千万。どこまで国民なめてんだか……」
マスターが苦笑しながら、カウンターの奥でカップを磨いている。
いつものことだ。いつもの調子だ。
この店は、そういう“吐き口”としての機能も果たしている。
「政治家なんてな、うまいこと言って票もらって、あとは高い椅子で寝てるだけ。
民の声? 聞こえませーんってか? やってらんねぇよ、ほんと」
カウンターの隅にいた女の子が、ふと顔を上げた。
制服の襟には中学校の校章。スカートのプリーツが少し乱れている。
「……でも、その人たち、選んだのって大人ですよね?」
その声は小さかったけれど、やけにくっきりと、店内に響いた。
佐々木が目を細めて振り返る。
「ん? なに?」
「議員の給料が高いって怒る人、いっぱいいるけど……
その議員、投票で選ばれてるんですよね? じゃあ、選んだ人が責任持つべきじゃないんですか?」
コーヒーを飲む音が止まった。
新聞をめくる手が止まり、BGMのジャズだけが静かに流れている。
「子どもが……生意気なこと言うなよ」
「そうですか? でも、選挙行ってない人が文句言うのって……
なんか、給食の献立決めないで文句だけ言ってるのと似てません?」
佐々木の口が半開きになった。反論の言葉が見つからない。
「いや、でも……こっちは毎日働いてんだよ。税金払ってんだぞ? 文句くらい言わせろよ」
「うん。じゃあ、“誰に払いたいか”も決めたほうがいいんじゃないですか?」
その瞬間、喫茶店がまるで裁判所になったかのような空気になる。
「……お嬢ちゃん、君、まだ選挙権ないだろ?」
「はい。でも、私たち、選べない分、ずっと見てますよ」
淡々と、だが強い目で言い切った少女の声に、佐々木はまた口を閉じた。
マスターが小さく息をついて言う。
「……この店も、今日はいつもより、苦めの朝になりそうだな」
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