第31話 秋山神社へ

急いで会計を済ませ、「秋山神社前駅」の改札を降りた渚と郁は凄惨なその光景に絶句した。


ニュースの写真の通り、白いセダン車が縁石を乗り越え、バスターミナルの入口に設置されている道路照明灯に頭から突っ込んでいた。間違いなく、松原の車だ。


ターミナル入口はパトカーによって閉鎖され、車の傍には多数の警官と消防隊員が立っている。その様子を多くの野次馬が見守っていた。


「松原さんは...!?松原さんは何処の病院に行ったの...!?」


殆ど半狂乱状態になった郁が縋り付くように渚に問い掛けて来る。ニュース記事曰く運転手は意識不明の重体で既に救急車で運ばれたらしいが、それがどの病院かまでは分からなかった。


「郁ちゃん落ち着いて!松原さんはきっと大丈夫...」


「落ち着いてなんかいられないよ!!それにこのままじゃ杉内君...」


絶望の余り、郁はその場で崩れ落ち、シクシクと泣き出してしまった。渚はどうしていいか分からず、行き場を失った視線を、無残な姿になった車に再度送る。


記事には「現場に居合わせた人の話では、道路に飛び出したその女性は車が急ハンドルを切った瞬間にはもうその姿が無かったとの事」とあった。


あの胸騒ぎが、荒れる大波のように渚の心を激しく掻き乱す。


まさか、この事故は澱神の仕業だというのか。だとしたら松原だけでなく、やはり優悟までも...。


(このままじゃ晴馬君までやられる...。でも、一体どうすればいいの...?)


あの車にはまだ、松原が話していた剣が載っているのだろうか。だが警官とパトカーに囲われている状態では車内を探るどころか、車そのものに近づく事すら出来はしない。それに仮に剣を回収出来たとして、それをどう使えば晴馬を救えるのか見当も付かない。


「どう、しよう...きゃっ!?」


万事休すを悟ったその時、背後から誰かに強く押され、渚は小さな悲鳴と共に倒れ込んだ。渚は辛うじて両手を地面に付け、四つん這いの姿勢で、両の膝と掌が地面と擦れる痛みに耐えつつ、ゆっくりと顔を上げる。


ガタンッ!


視線を上げた瞬間、何かが渚の目の前に落ちて来た。


「え...」


それを見た渚は、膝と掌の痛みが一気に吹き飛ぶ。彼女の前に現れたのは、錆びた南京錠によって閉じられた、黒い長方形の箱であった。


「これってまさか...」


これと同じような物を以前見た事がある。テレビでやってたニュースだ。確か、天皇陛下が変わった時に「三種の神器」を先代の天皇から受け継ぐ為の儀式で、「草薙剣」を納めてるという箱が丁度こんな感じだった。


極限状態にある渚の脳がフル回転し、奥底に眠っていた些細な記憶を引っ張り出したのだ。


渚はそれを抱えるようにして持ち上げる。箱は思ったより重くはなかったものの、持っているだけで体力を奪われるような、独特な重量感があった。


「郁ちゃん!これ、見て!!」


誰かの落とし物かもしれないという疑念一つ抱かず、渚は箱を郁に見せようとした。


渚に呼ばれ、郁は泣き腫らした顔を上げる。そして渚が抱える箱を一瞥するや否や、驚きの余り目をカッと見開いた。


「...!!そ、それ...って...」


だが郁は箱を見た瞬間まるで糸が切れた操り人形のように背中から力無く倒れてしまう。


「郁ちゃん!!」


背を強打した郁に渚は箱をほっぽりだし駆け寄る。天を仰ぐ郁の顔は、白粉をふったと見紛う程に蒼白であった。


「渚...ちゃん。それ、多分本物だ。本物の、渦雫剣うずまくしずくのつるぎ...」


「分かるの...?」


「うん、分かる...。その箱から溢れ出て来る気、半端じゃない。多分、私はそれ、触わることすら出来ない。ちらっと見ただけで、こんなになっちゃうんだから...」


そして郁は自分を心配そうに覗き込む渚を、虚ろな両目で見つめ、そしてこう願い出た。


「渚ちゃん、お願い...。それを、今すぐ秋山神社まで持って行って...。私はここに置いて行っていいから...」


「そんなこと出来ないよ!待ってて、今救急車呼ぶから...」


こんな状態の友人を放っては置けない。渚は急いでスマホを取り出し119番をかけようとする。だがそれを、郁の絞り出すような声が引き留めた。


「もう時間が無いの...!この事故も、大久保君に連絡が付かないのも、きっと澱神の仕業に違いない。澱神は本気で、杉内君を殺そうとしている。ここでもたもたして杉内君が死んじゃったら、渚ちゃん一生後悔することになる!でも、姫神様が剣を持ってきてくれた。それがあればきっと皆助かる!だからお願い、行って!!」


渚は息も絶え絶えな郁と、背後に転がる箱を交互に見る。


郁の言う通りだ。晴馬が死んでしまったら、この胸に空いた虚無感という名の大穴はきっと更に広がって、もう二度と埋まらなくなる。それにそうなれば郁や松原、優悟の想いも全て無駄になって、何も残らない。それらを防ぐ事が出来るのは、自分だけだ。


「分かった。ちょっと、行って来るね」


渚は決意に満ちた顔で立ち上がると箱を拾い上げる。そして偶々視線の先で事故の様子を撮影していたスーツを着た男性に駆け寄ると


「すみません!あそこにいる私の友達をお願いして良いですか!?救急車呼んで、来るまで傍にいてもらえるだけでいいので!!」


と矢継ぎ早に願い出た。


「え!?え、えっと...僕が、ですか?」


「そうです!命に関わることなんです!!お願いします!!!」


状況を細かに説明している暇は無い。だが人命に関わると言って置けば、確実に対処してくれるだろう。そう考えた渚は男性の困惑などお構いなしに郁を任せると、晴馬と神社に行った時の記憶を頼りにターミナルを駆け出した。








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