第26話 晴馬のもとへ

カラオケを出た四人は近くの駐車場に停めていた松原の車に乗り、優悟の案内の下、晴馬の家へと向かっていた。後部座席に座っている間、優悟は自分のスマホで、これから松原が京都から持ってくるという剣について調べていた。


渦雫剣うずまくしずくのつるぎ...。かつて露大神が竜の姿で天に昇っていた時、体から剥がれた一枚の鱗が地面に突き刺さりそれが剣に変化したという伝説を持つ。渦潮を呼び寄せたかのような豪雨をもたらす力を持つが、その姿を見た者は例外なく祟り殺されるとされる。現在は京都の千潤神社に露大神の形代として丁重に祀られている...。す、凄いな...、こんなもの持ってくるのかよ...)


優悟は身震いをしてしまった。見ただけで呪われる。そういう類の、呪物のような物自体はテレビ番組やネット記事で紹介されているのを見たことはあるが、今はそんなエンタメ感覚で触れているのではない上に、晴馬に神が憑いている事に疑問を持てないこの状況では、祟り殺されるというのも誇張では無いように思えた。


「大久保君、この辺りで大丈夫かしら?」


運転席から松原の声がする。顔を上げると車は既に、駅へ向かう時にいつも通る大通りを走っていた。スマホの画面に夢中になっていたせいで既に晴馬の家の近くに来ていたことに気付かなかったようだ。


「え、あ、はいそうです!この先の交差点曲がったとこに駐車場あるんでそこにお願いします!」


「分かったわ」


優悟に言われた通り松原は付近のコインパーキングに車を停め、そこで郁と別れて三人で晴馬の家へと向かう。松原曰く、滲み出る僅かな邪気だけで体調を崩してしまう彼女では、澱神そのものに憑かれている晴馬の前に立つことすら危険だかららしい。


「居るわね、ここに...。とんでもなく嫌な雰囲気が漂っている...」


家の玄関の前に立つや否や松原は顔を大きく歪め、車から降りた際に取り出していた、大きな鞄を持つ手に力を込める。


「やっぱ、分かるんですか...?」


成り行きだったとはいえ、晴馬が自宅にいるかどうか分からない状態で彼女をここまで案内して大丈夫だったのか、と不安になっていた優悟はその発言に心をざわめかせつつも若干の安心を覚える。


「えぇ分かるわ。大久保君、インターホン押してもらっていいかしら?いきなり私が顔を出すより、大久保君が先に話してくれるほうがご家族も安心するでしょうし」


「勿論です」


優悟はそっとインターホンのボタンを押す。これを押すのは以前晴馬がインフルエンザに罹った時、彼が洗濯の当番で持ち帰っていたビブスを取りに来た以来だ。親友の安否が気になって仕方が無かった優悟ではあったが、流石に家にまで押し掛けるのは失礼が過ぎると思い、実行には至っていなかった。


『あら、優悟君じゃない。こんにちは』


呼び鈴が鳴って数秒後、晴馬の母親の声が聞こえて来た。いつも試合の応援に来た時には怒号の如き声で応援している人間とは思えない程、その声は弱々しいものだった。


『ご用は何かしら?晴馬の事で来たなら、ごめんなさい。今の晴馬、ちょっと貴方と会話出来るような状態じゃ...』


「待って下さい!俺達、晴馬が倒れた理由を伝えに来たんです!晴馬に会えなくても良いから話だけでも聞いて貰えませんか!?」


通話を切られる気配を感じ取った優悟は慌ててインターホンのカメラに飛び掛かった。それに驚いたのか『えっと...』という千恵のくぐもった声が漏れて来る。


「大久保君ありがとう、代わるわね」


興奮気味の優悟を冷静に引き剥がした松原は


「こんにちは。突然の訪問どうかご容赦下さい。私は秋山神社にて神主を務めている松原と申します。本日は晴馬君のお友達から彼の容態について伺い、訪問した次第です」


と、いつもの丁寧な物腰でマイクに話しかける。


『えっと神主さん...?ど、どうして神主さんが...?』


千恵は相変わらず困惑した様子だ。


「端的に申し上げますと、晴馬君には今悪霊のようなものが憑いているのです。文化祭で意識を失ってから、彼は悪夢にうなされてはいませんか?具体的には、夜の境内で神社の上に浮かぶ真っ赤な月を金縛りにあった状態で見つめ続ける...。そんな悪夢です」


『......!!どうして、それを...?』


大きく息を飲む音がインターホン越しからでも聞こえて来た。


「申し訳ありませんが詳しいお話は晴馬君も交えてしたい所存です」


『...分かりました。少々お待ちください』


通話が終了してこれまた数秒後、玄関が開き千恵が姿を見せた。顔色は悪く、目の下には大きな隈がくっきりと浮かんでいる。疲労が蓄積しているのは明白だった。


「改めて初めまして。私、こういう者です」


松原は千恵に一礼すると、予め用意していた飾りっ気の無い名刺を差し出した。


「本当に神主さんなんですね...。あの、どうして息子の見ている悪夢の内容が、分かったんですか...?」


「これを」


松原はシャツの胸ポケットから一枚の写真を取り出し、彼女に見せた。それを横で見ていた優悟と渚はそこに印刷されている異形の景色に千恵と共に目を見開いた。


「赤い月に、気持ちの悪い境内...。そ、そうです...。文化祭の日に救急車で病院に運ばれてから、息子はこの景色の悪夢を毎晩見るそうです。そのせいで息子は眠ることが出来なくなり、心も体もボロボロで...。精神科に診せても原因が全く分からないとのことで...」


写真に目を奪われている千恵の声は驚きと恐怖で哀れな程震えていた。









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