第8話 道具はケチるな、推しのためだ
あの日の銅鉱石との出会いは、俺のダンジョンライフに新たな光を灯した。
もはや、俺の稼業は単なる「ゴミ拾い」ではない。「落とし物探し」であり、そして「隠された鉱脈の採掘」なのだ。
そのためには、何が何でも、ちゃんとした道具が必要。
あのホームセンターの安物ハンマーセットでは、また30分も汗だくになる。
俺は、これまでの稼ぎ――先週の依頼料5,000Gと地道なゴミ拾いで貯めた約3,000Gを元手に、ついに本格的な探索者用具店へと足を踏み入れることを決意した。
その店は、登録センターへ向かう途中で見かけた、いかにもプロ向けといった風格の店構えだった。これまで、そのあまりのガチな雰囲気に怖気づき、前を通り過ぎることしかできなかった場所だ。
ギシリ、と重い鉄の扉を開けると、カランコロン、と渋いベルの音が鳴った。
店内に充満する、むせ返るような鉄と油の匂い。壁には、俺がゲームでしか見たことのないようなゴツい剣や斧、鈍色に輝く鎧がずらりと並んでいる。
カウンターでは、いかにも歴戦の勇士といった風貌の探索者たちが、酒場のノリで談笑していた。
平日の会社帰りだったため、くたびれたスーツ姿でそこに迷い込んでしまった俺は、完全に場違いだった。まるで、屈強な肉食獣の群れの中に放り込まれた、一匹のしがない草食動物だ。
オドオドと入り口付近で立ち尽くす俺にカウンターの奥から、いかついドワーフを彷彿とさせる筋骨隆々で立派なヒゲをたくわえた店主が声をかけてきた。
「へい、らっしゃい。兄ちゃん、何か探しもんかい?」
「あ、あの、その……岩を、砕くための……ピッケル、が、欲しくて……」
しどろもどろになりながら、俺はなんとか用件を伝えた。
店主は、俺のひ弱そうな見た目と戦闘装備のコーナーには目もくれず、ひたすら道具の棚を遠巻きに見ている様子から何かを察したようだった。
「ほう、ピッケルかい。兄ちゃん、戦闘じゃなくて採掘専門でやってんのか?」
「は、はい!ひたすら安全に!ダンジョンの壁際の鉱石を、コツコツと掘りたいんです!」
俺が正直にそう答えると、いかつい顔をしていた店主は、腹を抱えて「がっはっは!」と豪快に笑い出した。
「面白い兄ちゃんだな!最近は、一攫千金狙ってモンスターに突っ込んでくだけの脳筋若者が多くていけねぇ。そういう地道な稼ぎ方も探索者の基本で、一番大事なことだぜ!」
どうやら俺のあまりにも地味で安全第一なスタイルが逆に気に入られたらしい。
店主は「よっしゃ!」と気合を入れると、俺のレベルと予算に合いそうなピッケルをいくつか棚から出してきてくれた。
「一番安いのが、この鉄製のピッケルだ。3,000G。ちと重いが頑丈だぜ。初心者の練習用にはもってこいだ」
「なるほど……」
「で、こっちが鋼鉄製のピッケル。8,000G。鉄製より軽くて扱いやすい。Eランクダンジョンの岩盤くらいなら、サクサクいけるはずだ」
「は、8,000G……」
「ちなみに、こいつがミスリル合金の逸品だ。50,000G。羽のように軽いが、その威力はオークの骨すら砕く。まあ、今の兄ちゃんには宝の持ち腐れだな!」
俺は、鉄製のピッケルと鋼鉄製のピッケルを前に、深く、深く悩んだ。
今の手持ちは、約8,000G。
鋼鉄製を買えば、口座はほぼスッカラカンになってしまう。ここは堅実に鉄製で我慢すべきか……?
そんな俺の葛藤を見透かしたように、店主がアドバイスをくれた。
「道具はケチるもんじゃねえぜ、兄ちゃん。良い道具は、結果的にそれ以上の稼ぎを生んでくれる。それに、作業が楽になれば、それだけ体力も温存できる。ダンジョンじゃ、その温存した体力が、いざという時の命綱になるんだからな」
その言葉は、俺の心に深く突き刺さった。
そうだ。これまで俺は、稼いだお金は全て「奏ちゃんのため」のものだと思っていた。
推し活費用以外に金を使うことに、どこか罪悪感のようなものがあった。
でも、違うんだ。
自分の装備を良くすることは、安全に、そして効率的に稼ぐことに繋がる。それは、巡り巡って、より多くの、より質の高い
「これは俺のための消費じゃない。未来の奏ちゃんのための、聖なる投資なんだ!」
俺の中で、いつもの完璧な自己正当化ロジックが完成した。
迷いは、もうない。
「こ、これをください!この、鋼鉄製のやつを!」
俺は、なけなしの8,000Gをカウンターに叩きつけ高らかに宣言した。
ピカピカの鋼鉄製ピッケル。ずっしりとした、しかし頼もしい重みが腕に伝わる。
所持金は、ほぼゼロになった。
だが俺の心は、これ以上ないほど満たされた。
「そいつがいい相棒になるといいな!」
という店主の声を背に、俺は深々と頭を下げて店を出た。
店のショーウィンドウに映る自分の姿を見る。
くたびれたスーツ姿で一本だけ本格的で輝かしいピッケルを構えている。
そのあまりのアンバランスさに、俺は思わず自分で吹き出してしまった。
「よし、次の週末が、楽しみになってきたぞ!」
新たな相棒を手にした俺の「トレジャーハント」への意欲は、かつてないほど高まっていた。
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