ダンジョンおじさん、推しアイドルに貢ぐので超レア素材すらも換金してしまう〜一度は夢見た推しとのダンジョンデートを目指して稼ぎます!〜
咲月ねむと
第1章 推し活おじさん、ダンジョンに潜る
1幕 推しこそ正義である
第1話 俺の女神様
「はぁ…………奏ちゃん、今日も尊い……」
深夜、安アパートのワンルーム。
デスクチェアの軋む音だけが、俺の呟きに相槌を打った。
俺、
しがない中小企業のサラリーマンだ。
そんな俺のささくれた心を唯一潤してくれるのは、パソコンの画面の向こうで、クールな表情を一切崩さずに歌い踊る、一人の少女の姿だ。
彼女の名前は、愛風
ライブハウスの薄暗いステージで輝きを放つ、5人組の地下アイドルグループ『ラビリンスッ!』。その不動のセンターにして、俺の生涯を捧げると誓った、唯一無二の“推し”である。
彼女との出会いは、俺がまだ若手で毎日のように上司の理不尽な叱責とサービス残業のコンボを喰らい、心がささくれ立っていた頃だった。
偶然ネットの海で見つけた一つのライブ映像。汗だくで笑顔を振りまく他のメンバーを尻目に、彼女だけは、ただひたすらに己のパフォーマンスを突き詰めていた。
その孤高の姿に、俺は心を撃ち抜かれたのだ。
以来、俺の人生は奏ちゃんを中心に回っている。
給料日に銀行から下ろした福沢諭吉は、その多くがライブチケットやCD、そして彼女と数秒間だけ話せるチェキ券へと姿を変える。
部屋の壁は奏ちゃんのポスターで埋め尽くされ、クローゼットにはライブTシャツがぎっしり。この部屋は、もはや俺の城というより、奏ちゃんを祀るための小さな神殿だ。
「次のミニライブは来週末か……。限定グッズも出るし、チェキ券は……最低でも5枚は欲しい……」
そう呟きながら、俺はそっと机の引き出しから通帳を取り出す。
月末の預金残高、その数字を見て、俺は現実に引き戻された。
「ぐっ……!厳しい、あまりにも厳しすぎる……!」
家賃、光熱費、そして最低限の食費を差し引くと残るのは雀の涙ほど。
脳内で経理部の佐藤信宏が、営業部の佐藤信宏を厳しく問い詰める。
『おい、今月の推し活予算はすでに上限だぞ。これ以上どこに金がある』
『しかし、来週の奏ちゃんは、新しい髪型かもしれないんだぞ!それを見逃せと言うのか!』
『髪型より生活だ!来月の家賃はどうする!』
『どうにかなる!』
『ならない!』
「うおおおお……!」
意味もなく唸り、頭を抱える。
そう、推し活とは聖戦なのだ。
そして、聖戦を戦い抜くには、立つための軍資金がどうしても必要なのである。
サラリーマンの給料という名の有限のリソースをいかにして無限の推し需要に割り振るか。
それは、中小企業のしがない係長である俺にとって、国家予算の編成にも等しい超難問だった。
「残業代も、最近はうるさくて付けづらいしなぁ……。副業、するか……?」
そんなことを考えながら、俺は夕飯を買いに重い足取りで深夜のコンビニへと向かった。
冷たい夜風が預金残高と同じくらい寒い俺の心に染みる。
買ったカップ麺と缶チューハイを手にとぼとぼとアパートへの道を歩いていた、その時だった。
ピラッ。
電柱に貼られた一枚の少し汚れた求人募集が、俺の目に飛び込んできた。
よくある深夜バイトの募集かと思いきや、その内容は俺のちっぽけな常識を少しだけ揺さぶるものだった。
『未経験者、副業歓迎!スキマ時間でコツコツ稼ごう!』
『職種:ダンジョン探索者(補助員)』
『内容:ダンジョン内で、比較的安全な浅い階層での素材採取、及び清掃作業。専門知識不要』
『給与:完全歩合制。採取した素材はランクに応じて即時換金!』
「だ、ダンジョン探索者……?」
数年前から世界各地に出現した謎の遺跡や洞窟、通称『ダンジョン』。
ニュースでは、屈強な探索者たちが危険なモンスターを倒し、巨万の富を得ていると騒がれていた。しかし、そんな世界は、俺のような平凡なサラリーマンには無縁のテレビの向こう側の話だと思っていた。
だが、この募集は少し様子が違う。
「補助員」
「安全な浅い階層」
「清掃作業」
なんだか、俺でもできそうな気がしてくる。
募集要項の隅に小さな文字で書かれた一文が、俺の心を捉えた。
『※熟練者の中には、たった1週間でサラリーマンの年収を超える者も!夢があるお仕事です!』
「年収……」
ごくり、と喉が鳴る。
いやいや、落ち着け俺。
これは典型的な誇大広告だ。こんなうまい話があるわけない。
だが、もし。万が一。
この「補助員」とやらで、月に2万、いや、3万円でも稼げたら?
それはつまりチェキ券30枚分だ。
毎回のライブで心置きなく奏ちゃんの列に並べる。ライブ後の物販で、グッズを値段も見ずに買える……かもしれない。
妄想が、脳内で爆発する。
札束で殴るような派手な応援はできない。だが、今より少しだけ、ほんの少しだけ、胸を張って「
「……これだ。これしかない……!」
俺は誰に言うでもなく、強く、強く拳を握りしめた。
危険?そりゃあ怖い。
だが、やるのはあくまで「補助員」だ。安全第一、それが社会人の鉄則。
今の安定した仕事を辞めるなんて、ありえない。あくまで副業として、俺の神聖なる推し活費用をこの手で稼ぎ出すのだ。
「待っててね、奏ちゃん……!おじさん、君のためにもうちょっとだけ、頑張っちゃうからな!」
深夜の住宅街に34歳独身サラリーマンのささやかだけど固い決意が木霊した。
こうして、俺の人生の歯車は、推しアイドルのために、ほんの少しだけ、現実的な方向へとゆっくりと回り始めたのである。
―――
新たな現ファン物語ここに開幕です!!
今作の主人公はオタ活に力を入れるサラリーマンが、ダンジョンで稼ぎを得て推しを応援しまくるめちゃコメディ作品です。
もしよろしければ、皆様の応援が力になります作品のフォロー、★の評価・コメ付き
ぜひともよろしくお願いします!
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