第38話
久しぶりの王都だった。
門をくぐった瞬間、懐かしい街並みとざわめきが押し寄せてくる。
それは変わらない日常の風景のはずなのに、どこか――いや、明らかに“変わって”いた。
「……見て、あれ。」「あの子たちじゃない?」「あのドレッドドラゴンの討伐を成し遂げた――」
小声のざわめきが周囲から広がっていく。視線が、一行に集まる。
道行く住人たちの目には驚きと、そして確かな敬意が浮かんでいた。
「むふぅ、ウチたち有名人!」
メイは周りに手をふって愛想を振りまいていた。
まぁ、気持ちはわかる。
オレもビッグマッチに勝利した時に割れるような歓声に包まれたときはブチ上ったからな!
「ワシもこういうまなざしは久しぶりじゃのぅ。 昔は慣れたもんじゃったんじゃが。」
「蔑まれるのが常だからな。」
「ちゃんとワシの目はヌシに向いとるから心配せんでもえぇよ。」
「コイツ、しんど!」
バチコンとウィンクしてくるレティがウザい。
ヨシュアの件があって以来、しきりにアピールしてきやがる。
「あの女神のような方が……神々しいわ……」
「ふふん、ここらの住人もわかっとるのぅ。」
住人達のあこがれの視線が俺たちへ向けられる。
気を良くしたレティは自慢げに顔を上げ、堂々と石畳をすすむ。
「ローザ様! いつみても美しい! 憧れちゃうなぁ……」
ベタにずっこけるレティ。
わかってただろうに…… ミジンコから神々しさは感じられないだろ?
「見て! あの凛々しい立ち振る舞い! あの方が!」
ピクっと耳が動いたかと思えば、素早く体勢を整えて急に背筋を伸ばして歩き出すレティ。
「ニナ様! あぁ、私に手を振ってくださっているわ!」
あぁ、残念なほどに顔が真っ赤。
自分に凛々しさがあると思っていたのか……
もう少し自分の魅力を正しく認識しようぜ!
「貴様ら、どこに目を付けておるのじゃ! もっと敬い、尊ぶべき視線を向ける相手がおるじゃろ!」
急にがに股になり声をあげた住人にからもうとするレティ。
頭をはたいて止める。
こういうところはさすがだな。
ナチュラルにボケてすぐに回収するあたり、洗練された魔法詠唱よりも素早い。
「どういう"まなざし"がお久しぶりなのですか?」
「パーティーには役割があるからね。 さしずめレティは……ピエロだね!」
ローザとニナは、ふふんっといった感じで勝ち誇った顔を浮かべてレティを見下ろす。
華麗に地団駄を踏むレティ。
なんという神々しさと凛々しさなんだろうか。
「あぁん?! ヌシらをここまで育ててやったのは誰じゃと思っとる?」
「あらあら、私の品性や知性はそれ以前に培ったものですが。」
「これからは僕たちから学ぶといいよ。」
バチバチと視線をぶつける三人。
最近、こんなの多いな!
大丈夫か、ウチのパーティー……
「ミルズさん、お帰りなさい!」
市場の野菜売りの老婆がにこやかに手を振る。
「あんたたち、本当にやったんだな!」「さすが第五騎士団の推薦組ってわけだ!」
冒険者ギルド周辺にたむろしていた若い冒険者たちが駆け寄ってくる。
いつもは難しい顔をしているおっさん冒険者たちも目が合うといつもより優しい目をしていた。
ここにきてまだ一年も経っていない。
そんな俺たちは実力に見合った評価は、彼ら冒険者からは得られていなかった。
しかし、そんな短い期間で積み上げた実績に彼らのオレ達に向ける視線は変わっていった。
俺たちは、ただの駆け出しじゃない。
この国の未来を担うかもしれない、と囁かれる存在になっていったのだった。
……きっかけは、王都から遠く離れた地方都市での任務だった。
ギルドからの正式依頼、ランク3では到底こなせないとされた“B級以上の魔獣”ドレッドドラゴンの討伐と遺跡調査。
それを成功させただけでなく、副次的に多くの村や街の被害を未然に防いだことで、結果的に王都にも大きな恩恵をもたらした。
すべての報告を持って、冒険者ギルドへと向かったとき――
受付嬢の姿を見るや否や、彼女の瞳がぱっと見開かれた。
「お帰りなさい、ミルズさん、皆さん……!」
その表情には、驚きと安堵、そしてどこか誇らしげな色があった。
「すぐにご報告をお願いしたいのですが……あの、実は――王城から正式な召喚が来ております」
「召喚? またフェイからかよ。アイツ、オレ達のこと、使い走りかなんかと勘違いしてるんじゃないか?」
「いえ……それが今回は“魔法師団”からです。シリウス・フォン・ヴァイゼンリート様より、直接のご指名で」
ん? 騎士団じゃない?
今までかかわりなかったけど、なんで?
第五騎士団の団長フェイとはまた異なる、“帝国唯一の魔法使い軍団”の長。
その頂点に立つ存在――シリウス。
神速だとかベタなあだ名つけられてる人っていう認識ぐらいしかないんだが。
「明日、迎えの者をギルドへと差し向けるとのことです。それまでこちらでお待ちください、とのご指示を頂いております」
ギルドからの命を果たし、王都に凱旋した直後に届く、魔法師団長からの招致。
「レティ、なんかやった?」
オレ達の視線は一人を除いて同じ方向を向いていたのだった。
それ以外に理由が思い当たらないからな!
――
翌日の早朝。
眠い目をこすりながら、指示されたようにギルドの前で使者を待つ。
朝もやの中、遠くから蹄が石畳をたたく音が聞こえてくる。
音のほうに目を向けるとだんだんと馬車の輪郭がはっきりとしてくる。
曲線を生かした優雅な造形の外装は、真珠を思わせる光沢をまとい、差し込む陽光を柔らかく反射する。
側面には魔法師団の紋章――いや、よく見ればそれは僅かに意匠が異なり、より繊細に、より美しく研ぎ澄まされている。
まるで、持ち主の美学をそのまま形にしたようだった。
轍一つつけずに走るのは、魔術式の制御か、それとも馬そのものが訓練され尽くしているのか。
引いているのは、銀毛の駿馬が二頭。魔力を帯びた装具が風にきらめき、その一歩ごとに空気すら律されたような静謐が漂う。
「なんかスゴいの来た!」
「不思議な圧力を感じるぜ。 乗るときは靴とか脱いだほうがいいのか、これ?」
高級車なんて乗ったことがないから気後れしてしまう。
騎士団の質実剛健な馬車のほうがいいなぁ。
朝日に反射して輝く扉が、音もなく開いた。
まるで空気を滑らせるように――威圧もなく、ただ静かに。
淡い金の縁が陽光を受けて淡く光り、その隙間からまず見えたのは、ひときわ白さの際立つブーツだった。
純白の裾がふわりと揺れ、外の空気に触れる。
そして、朝靄を割って一歩、二歩と降りてきたその人影に、場の空気がわずかに揺らぐ。
白銀の髪が、風に乗ってやさしく揺れた。
陽に透けたそれは絹のように柔らかく、見る者の胸にひとときの静けさを残す。
そして目が合った。
氷を思わせるアイスブルーの瞳――
本来なら、冷たい印象を与えてもおかしくないその色が、なぜか不思議と優しげに映る。
風にふわりと揺れる少しボリュームのある長い銀髪。
暖かな微笑みを浮かべながら彼女は言う。
「帝国魔法師団副団長のエルフリーデ ヘルクスハイン。」
柔らかな印象からは想像もつかないほど、冷たい声だった。
……こんな話し方、娘の母親からしかされたことないわ!
少しビビっていると隣でメイが笑っていた。
そんなオレを見て彼女も何かを思い出していたらしい……
懐かしいか? オイ。
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