神々のゲーム

 我が神……破壊の神いわく、異世界とは「神々のゲーム盤」だそうだ。


 神々がその世界の唯一神の座を手中に収めんと、異世界から勇者を召喚してしのぎを削りあう……そんな設定の世界らしい。


 時代的には、地球でいうところの近世と近代の間ぐらいだそうだ。とはいえ、剣と魔法の世界らしく、地球と同じとはいかないだろう。




「汝に馴染みのある言葉でいうなら、オンライン対戦ゲームだ。プレイヤーは我々神々だな。汝たち神の使徒は、召喚ユニット――まあ、駒だ。現地では召喚勇者と呼ばれている」




 神々から見れば、そんなもんだろうなあ。使徒という名前からして、使い走りだもんね。そこに不満はまったくない。


 余談ではあるが、輪廻の輪に還った先は、裕福な家に生まれる犬だそうだ。それはもう犬なのに猫可愛がりされて、母犬ともども幸せに天寿をまっとうするらしい。


 ちょっとだけ、それも悪くないかなと思ってしまった。後の祭りだけども。




 むしろ気になるのは、




「召喚勇者には様々な特典がある。その最たるものが勇者スキルだな。これは召喚勇者しか持てない」




 そう、それです、神さま!


 チートください、チート、チート!


 バカっぽく脳内で叫ぶ俺の目の前にやってきた神さまが、丸い穴の開いた巨大な箱を俺に向けた。




「では、一枚だけ引け」




 巨大な箱には「抽選箱」と書かれていた。


 まさかのくじ引き!?




「あの、ハズレスキルってありますか?」


「汝が何を望むかによるな。いずれもユニークで強力なスキルばかりだ。それ故に、自らの思惑と違うスキルを引いてしまえば、ハズレということになる……我が使徒ではなかったが、『一歩で銅貨一枚』というスキルを引いた者が嘆き悲しんだという話を聞いたな」




 それって、歩けば歩くだけ金が手に入るってことだよな。




「そんなに悪いスキルとは思えないんですが?」




 脳筋プレイを望んでた人なら嘆くかもしれんけども。




「ちょっとした落とし穴があってな、そのスキルは止まらないのだ。そして、物理的な銅貨が懐に入ってくる」


「まさかのパッシブスキル!?」




 銅貨ってことは、十円玉ぐらいかな。一枚4グラムと考えて、1キロメートルを千五百歩で歩いたとすると……6キログラム。それが問答無用でポッケに入ってくるのか。金には困らなくなるだろうが、別のことでいろいろと困ったことになりそうだ。




「……あんまり欲しくないですね」




 ふっと笑った神さまが、




「では、汝は何を望む?」




 と言って、俺の目を真っ直ぐと見つめてきた。


 俺は一瞬だけ考えて答えた。




「……力を。理不尽な暴力をねじ伏せる力が欲しい。バットで頭をホームランされても死なない強靭な体が欲しい」




 もうクソ共に搾取されるのは御免だ。


 どうせ異世界にいくんだ。力こそパワーな脳筋生活を送ってやる。




「素晴らしい。破壊の使徒にふさわしい我欲である」




 そう言って神さまが箱を突き出してきた。


 箱に開いた穴から、三角に折られた赤い紙片がもっさりと見える。


 やたら多いんだが……。




「……神さま、これ何枚入ってるんですか?」


「最初は四千枚入っていた。ゲームはもう中盤でな。二千枚ほどしか残っていない。勇者スキルは全プレイヤー共通で消費していくものなのだ」


「へえ……じゃあ、同じスキル持った人っていないんですね」


「そのとおりだ。召喚勇者はすべて違うスキルを持つ。もっとも、似たような効果のものも多いのだがな」




 ということは、召喚勇者は累計で二千人ほどいるということか。


 いやまてよ、中盤って言ってたから、寿命で死んだ人とかいそうだな。




「神さまのゲームって、何年ぐらい続くんですか?」


「五千年だな。最終ターン終了時に最もスコアの高い神が、その世界の唯一神となる」


「気が長ぇ!」


「召喚勇者も気軽に呼べるものではないしな。我が使徒は今のところ、二人が存命か。一人はもうすぐ寿命で死ぬだろうが。いずれにせよ、汝が生きている間に、ゲームが終了することはないな」


「はあ……あんまりいないんですね」


「破壊衝動が強い故に、死にやすいのだ。他のプレイヤーの使徒と戦うことも多い」




 脳筋プレイしてるとそうなるか。


 召喚勇者相手だと、俺ツエーできなさそうだと思った。




「てか、他の神々は全員敵なんですか?」


「最終的には勝者は一人だが、共闘することは多いな。我……破壊の神と混沌の神は同盟を組んでいる」


「納得できる組み合わせですね」


「不倶戴天の敵は豊穣の神だ。混沌の神と敵対している秩序の神は、豊穣の神と同盟を組んでいる」


「わっかりやすいっすね!」


「そういうロールプレイも楽しみの一つだぞ? 我とて、いつも破壊の神をやっているわけではないしな」




 神さまがロールプレイて。てか、違う神さまをやるときもあるんだ……。


 まんま、人間同士がネット対戦しているゲームって感じだ。




「プレイヤー……神さまって、全部で何人居るんです?」


「八柱だが、先ほどあげた四柱の他には、知識の神、契約の神、娯楽の神、忘却の神がいる。この四柱は明確に敵対しているわけではないが、一応の傾向はある。知識の神は秩序よりだ。契約の神は利があると見たほうにつく。娯楽の神は我関せずで好きにやっている。どちらかといえば、混沌の神と仲が良い」




 一応、名前から連想される傾向はあるようだ。


 知識を大事にする神さまなら、破壊と混沌は嫌がるだろう。契約の神は商売の神さまなのかな。利益が出るほうにコロコロしてそうだ。娯楽の神は「楽しいこと」を求めてフラフラしてそう。混沌の神と仲が良いというのも納得感がある。


 てか、一人だけ何も言われてない神様がいるな。




「あれ? 忘却の神さまは?」




 我が神は微妙な表情を浮かべた。


 神さまにしては、妙に人間味にあふれている。




「……あの子は、マスコット枠だ」




 熾烈な神さまバトルのはずなのに、マスコットとは。




「神さまなんですよね?」


「致命的な問題があってな……あの子の使徒は、異世界に投入された瞬間、すべてを忘れるのだ」


「忘却しすぎじゃね!?」


「故に、ゲームの勝敗レースからは早々に脱落している。勝利スコア2万3万の争いをしている中で、あの子だけは未だに三桁だ。本人はまったく気にしていない様子でな。そこが可愛くもあり、みなに愛されている」


「なるほど……マスコット枠、理解」


「これから行く世界は、神々がしのぎを削っている。しかし、加護を受けた神を理由に弾圧をしたり差別することは厳重に禁止されている。これはシステムのルールだ」


「異端審問とかされたくないので助かります」


「使徒同士の決闘は、神の名において神官立ち合いのもとで行うことは許されている」


「へえ、同意のデュエルならいいんですね」




 神さまが、ふふっと笑った。


 美しすぎる神が笑うと、こっちも幸せな気分になってくる。これって使徒補正なのだろうか。




「話が長くなったが、さあ引け。我が使徒よ」




 ずいっと穴の開いた箱を俺に向ける神さま。


 俺は穴に手を入れ、赤い紙片を一枚つかみ取る。


 その瞬間、体が赤く輝いた。




〈スキルイーター : 相手の血をすすることで、スキルを奪う〉




 俺は理解した。俺がどんなスキルを得たのかを。


 体が赤く光った瞬間、俺の頭の中に得たスキルの知識が流れ込んだのだ。




「ほう。面白いスキルを引いたものだな。そのスキルのみでは何の力もないが、敵対する使徒に打ち勝つことができれば、大きな力を得ることができよう」




 神さまが微笑を浮かべて、俺を見ていた。




「喰らってやりますとも。力こそパワーを地で行ってやりますよ!」




 血をすするってのが、ちょっとハードル高めだけど。


 あとは、「奪う」ってのも使いどころを考えないといけない。




「では、次に恩寵ギフトを二つ与えよう。勇者スキルほどの力はないが、役に立つものだ」




 そう言って、神さまが指をパチンと鳴らすと、俺の頭の中に膨大な量の知識が流れ込んできた。


 それは、装備品やアイテムのリストであったり、様々なスキルのリストでもあった。




「えーと……この中から二つ選べってことですか?」


「そうだ。神が鍛えし名刀でも、能力を向上させるパッシブスキルでもよい。もしリストになくとも、特別に望みを叶えてやることも可能だ」




 リストになければ、特注に応じてくれると。なにげに椀飯振舞おうばんぶるまいな気がする。


 俺は脳内に流れ込んだ膨大な数のリストをざっとチェックし、自分の望むものがあるのかを確認した。


 定番の異次元収納もあったが、説明文がちょっとアレだ。「重さ100キログラムまで」と書いてある。




「神さま、異次元収納って、四次元ポケット的なスキルなんですよね?」


「そうだな。ただ、流通や兵站が消し飛んで、ゲームバランスを崩してしまう。それは面白くないからな。性能は低めに設定されている。便利だが、すごいというほどではない」




 軽い物ならたくさん入るが、重い物だと少ししか入らないそうだ。


 個人で使うなら100キロは便利だろうが、物資の輸送と考えると大したことはない。


 他にも使えそうなスキルはいくつかあった。スキルとは別系統だが、「種族・性別変更」なんてものまであった。


 だが、どれも俺の琴線に触れるものはなかった。どうやら、俺が思い描く「力」をもたらしてくれそうなスキルはないみたいだった。




「神さま、ご相談なのですが……」




 俺は神さまに俺の望む「力」を説明し、恩寵二つを得る代わりにそれが欲しいと願った。


 最初こそ「恩寵二つよりも効果が高い」と言って渋っていたが、代償として「呪い」を受けることでその「力」を俺に与えてくれた。


 一応、俺と会話している裏で、神々による審議を経たらしい。神さまにしてみれば、人間との会話など一日に一回返事がくるSNSぐらいのテンポ感なのだそうだ。審議の結果は、「呪い」がかなりきつめなので、バランスは取れていると判断されたということらしい。


 話の分かる神さまって素敵!




「では、我が使徒よ。我が名の元に破壊の限りを尽くせ。汝の行いが我が勝利に貢献したと見なされれば、褒美が与えられよう」


「マジですか。頑張ります! とりあえず、壊せばいいんですよね?」




 我が神が、ふっと笑った。




「そう気負わなくともよい。個人が暴れるだけの破壊など、たかが知れている。それに、使徒に対する嘘や強制はルール違反なのでな。好きに生きるがよい」




 頷き返した俺に微笑を返す神さまが、ふと何かを思い出した様子でポムと手を打った。




「そうだった……転移にするか、転生にするか選ばなければな。転移は今の姿……恩寵の補正が入るのでまったく同じではないが……で異世界に入ることだ。転生は新生児として、現地の両親のもとに誕生する」


「どう違うんですか?」


「転移は先ほど言ったとおりだ。転生は、現地の人間として誕生するので、両親の特徴を引き継ぐ。場合によっては、種族特性やスキルを遺伝することがある。記憶を持ったままゼロ歳児からやり直せるので、長期視点で自らを鍛えることができるな」


「転生のほうがお得じゃないですか?」


「理論上はな。問題は、生まれが悪ければ、すぐに死ぬということだ。二十一世紀の日本と同じように考えては駄目だぞ。実に六割が成人する前に死んでいる。死因のほとんどは、転生特典に浮かれて無茶をやらかした結果だが……」


「うわあ……俺、ぜったい成人する前に、俺ツエーして死にそうですわ」


「我もそう思うぞ」




 使徒の性格を把握されているようで何よりです。




「では、さくっと転移でお願いします」


「よろしい。では、汝の道に大いなる破壊があらんことを」




 旅立ちに送る言葉としては、物騒すぎませんかね神さま。


 神さまが指をパチンと鳴らした。


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