第7話 そんなに俺顔緩んでる…?


 風呂から上がって、歯磨きも済ませて部屋に戻るとスマホが震えていた。


 ベッドに腰を下ろして画面を見ると──“白銀レイ”からのメッセージが届いていた。


 思わず、背筋が少しだけ伸びる。

 緊張しながらも俺は彼女の名前をタップしてトーク画面を開く。

 


《今日はありがとう!》


《明後日、またあの駅前で会えたりするかな?》


《お礼、ちゃんとしたいの》


 


「……マジか」


 思わず声が漏れる。


 “お礼をしたい”──その一言だけで、なんかすごく大事にされてる気がした。

 今日駅前でお礼するから……とは言われていたもののこうやって改めて言われると、その場しのぎの嘘なんかじゃなかったんだ、そう思えて嬉しい。


《分かりました、行きます》


 ちょっと考えて、少しだけドキドキしながら送信。

 そうすると、思ったよりすぐに既読がついて、レイさんからまたすぐに返信が来た。


《ありがとう! あ、別に大したものじゃないから、期待しないでね!笑》


《了解です。期待しないで楽しみにしてます》


《ふふ、なんか矛盾してる(笑)》


 スマホ越しに、ふふっと口を抑えながらも控えめに笑ってる彼女の顔が浮かぶ気がして、つい俺も笑ってしまった。


 《じゃあ、また連絡するね。おやすみ》


《おやすみなさい》


 そう言って画面を閉じると俺はスマホをベットの脇において倒れ込んだ。

 画面を閉じたあとも、ほんのしばらくその余韻が残っていた。


「おやすみ……か」


 なんだかその言葉を呟いてみると、自分が恥ずかしくなった。


 会話が終わったのに、心が少しだけ弾んでる。


 恋とか、そういうのじゃない。


 ……でも、“話すのが心地いい”って、こういうことなんだなって、そう思った。


 そのままぼーっとしているとだんだん眠くなってきた。 

 レイさんとの会話による余韻と、心地良さに包まれながら俺の意識は夜の中へ消えていった。



 

 

******


 

 


 翌朝。リビングに降りると、すでに妹の未羽が朝食を食べていた。


 テーブルの向かいには、俺の母親も座っている。


「おはよう」


「おはよーお兄ちゃん」


 未羽がにやっと笑う。

 おはようを返してくれるのはいつも通りなのだが、なんだかいつもの素っ気ない感じの挨拶とは違った。


 しかしそれは喜ぶべきことでは無い。

 ……嫌な予感しかしない。


 嫌な予感を抱きながらも俺は朝ごはんの準備を済ませる。

 パンにバターと砂糖を塗ってトースターに入れる。


 そしてパンが焼き上がると、俺は牛乳をコップに注いで、パンを持って食卓に座った。

 しかし、やはりいつもより確実に妹からの視線を感じる。


「……なに。どうしたんだ、そんなジロジロ見てきて」


 そう聞くと、え〜?と言いながら待ってました!と言わんばかりの笑顔をうかべて話し始めた。


「……今日のお兄、昨日より若返ってない?」


「……は?」


 何言ってんだこいつ……?


「肌ツヤもいいし、髪もなんかサラサラしてるし。……もしかして、恋?」


 噛んでたトーストが喉に詰まりかけた。


「はあああ!? してねーし!」


「え、そうなの? だって、昨日めっちゃにやけてたし。スマホ見ながら、うっすら笑ってたし」


「そ、それは……!」


 そうすると、その会話を聞いていたお母さんがニコニコしながら口を挟んできた。


「まあまあ、そうなの? ついに怜也にも彼女ができるのね……!」


「……できてねぇよ!」


「じゃあできたら教えてね。応援するわよ、お母さん!」


「うぉぉぉぉぉぉい……!」


 未羽と目が合う。


 ニヤ〜っと口角を上げて、悪魔みたいな顔をしてる。


(……クソ、コイツ……!)


 テーブルに突っ伏しながら、俺は食パンの角を噛みちぎった。


 

******

 


 そして学校。


 昼休みになると、いつも通り安藤照政──テルが俺の机に寄ってきた。


「おはよー。おいおい、なんかお前、昨日から妙に調子よくない?」


「ん? そうか?」


 ……そうなのか?美羽にもそんなこと言われたし、俺、そんな機嫌良さそうに見えるのか?いつもと違うのか?


「そうだよ。なんか顔つき明るいし、机に肘ついて空見上げる頻度が増えた」


「観察してんじゃねえよ……」


「……まさか。彼女?」


「いねーよ」


 俺の即答にこれは本当だと察したのかテルはそれ以上何も言ってくることはなかった。

 しかしテルはニヤニヤしながらも言葉を続ける。


「ふーん。でもなんか、匂うよな。恋人できそうなやつ特有の“余裕”感」


「勝手に分析すんなよ」


 俺が苦笑まじりに返すと、テルは肩をバシッと叩きながら、そのまま俺の肩に手を置く。


「ま、できたら絶対報告しろよ? 内緒にしたらグレるからな!」


「痛い! ……誰が言うか!」


「言えよ!俺がヤンキーになってもいいのか!?あぁん!?」


 ううん。

 この感じは、こいつがヤンキーになってもチンピラどまりだな。


「……さぁな」


 そう言ったあと、窓の外に視線を向けた。


 青空にちょっとだけ、光が滲んで見えた。


 ……あ、テルに指摘された通り、空を見上げてしまった。

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