せめて最期は人であれ
樹里
第1話 終わりの始まり
世界の終わりとは、呆気なく訪れる。
この小さな町、
ゾンビ達はどこから現れたのか、なぜこの町にやって来たのか、何もわからない。
ただその日、多くの住民が何も分からず、生きたまま貪り食われた事は確かだ。
そんな中でも、生き延びた者達はいる。
家族から逃がされた幼子。
助けを求める声を振り切って逃げた臆病者。
数えだせばきりがないが、それでも家族や仲間を犠牲に生かされた者達。
生き延びた彼らがどうするか。
帰る家もない、町は歩く死者が彷徨っている。
行く当てもなく外を歩けば瞬く間にゾンビ達に捕まり、そのはらわたをえぐり喰われる事だろう。
その中の1人、如月夏野。
白いシャツに黒い膝上までのスカート、それからニーソックスにブーツを身にまとった彼女は、腰まである長い黒髪を風にゆらゆらと揺らされながら、ふらふらと町を彷徨っていた。
この娘も家族をつい数時間前に喪い途方に暮れている者の1人だ。
手には金物屋から拝借してきた鉈が一つ。
「おとうさん、おかあさん……私…どうしたらいいの……?」
太陽が沈みかけ、もうじき夜が来る。
トボトボと歩く夏野は、道に転がる喰い荒らされた死体を一瞥し、怯えながらもそれが目も当てられぬ程の挽肉状態で、二度と動かない事を確認してから逃げるように歩き出す。
どこでもいい、この一晩だけでもいい。安心して眠れる場所はないだろうか。
そう考えて、あっと思い出す。
避難所に確か学校の体育館があった。
夏野が通っている高校のそこが、災害や緊急時の避難所になっていたはずだ。
受け入れてくれるだろうか。
しかし今の彼女に頼れる物はない。
と、横からふらふらと現れて夏野に噛みつこうとする老婆が現れた。
気づいた彼女は、小さく悲鳴を上げながら咄嗟に手にした鉈でその脳天をかち割った。
如月夏野は頭が割られて二度と動かなくなった老婆を見て、すぐに逸らすと駆け出した。
「おばあちゃん、ごめんね…!」
近所の駄菓子屋さんのおばあちゃん。
優しかったおばあちゃんが誰かを襲う前に、否、既に誰かに噛みついてしまった後かもしれない。
それを知る術はないが、あれが自分に出来る唯一であったのだと言い訳をしながら、夏野は溢れる涙を腕で拭った。
避難所である藤見高校へは陽が落ちきる前にたどり着く事が出来た。
中にはクラスの仲間はもちろん町の住人や、警察官がいて、夏野はほうと息をつく。
ちゃんと見れば他にももっと知り合いを探せたかもしれないが、今の彼女は酷く疲れてしまっていた。
避難所へ入る前に、噛み傷がないかと散々調べられたが、ゾンビと戦った時の返り血はあれど引っ掻き傷ひとつない夏野は、なんとか避難所へ入ることが許された。
大人たちがどうにか場を仕切るのを眺めながら、これでようやく一息つけるな、と思った矢先だ。
夜10時を少し回った頃。
突然避難所に緊張が走った。
制服姿の女子が避難所の前で騒いでいる。
それを警察や大人たちが落ち着けようとしているが、その子は落ち着くどころか泣きながら騒いでいる。
「噛まれたの!!信じらんない!!どうしよう、どうしよう!!ねぇ、何とかしてくれるんでしょ!?いやだ!私死にたくない!ゾンビになるなんてもっと嫌よ!!ねぇなんとかしてよぉ!!」
痛い、死にたくない、助けてとわんわん泣き出す女子生徒は左手をハンカチで抑えながら地面に座り込んでしまう。
噛まれた、と聞いた瞬間。
それまで心配する素振りをしていた大人たちが一気に離れる
警官など拳銃に手をかけて、いざとなれば発砲するつもりなのが分かる。
「せっ、先生!先生呼んでこないと…!!」
震えながらそう言ったのは、遠巻きに事態を見ていた同じクラスの松村静香だ。
「…いや、無理だよ」
「っ…え、如月さん、何……?」
これ以上騒がれてはここにゾンビが集まってくる。
黙らせなければ。
おろおろしている松村の質問は無視して、夏野は鉈を手にぎゃんぎゃん騒ぐ顔もろくに知らぬ女子生徒に近寄る。
すでに女子生徒から大人たちが離れたのを好都合に、夏野はその生徒の前に立つ。
「噛まれたのはどこ?」
「てっ…手!左手!!ねぇお願い助けて!!ゾンビなんかになりたくない!!」
現れた夏野に、女子生徒は縋るように助けを求める。
それを聞いた夏野は、わかった、と頷く。
そして、それは一瞬だった。
夏野は鉈を振り上げると、躊躇いなくその女子生徒の頭を二つに叩き割る。
ぐるん、と白目を剥いた女子生徒はびくびく痙攣しながら床に倒れた。
一瞬の静寂のあと、悲鳴と夏野を責める声が体育館の中を支配する。
「これしかない…噛まれたら皆ゾンビになっちゃうんだから…………ごめん…」
如月夏野はそれらに何の反応もせず、人間のまま死なせてしまった女子生徒の亡骸をただ悲しげな目で見下ろしていた。
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