OVERRIDE

アラクネ

第1話 世界の異分子

 私は多分、普通じゃないのだと思う。

 いや、思う、というよりは、それを認識させられたと、言ったほうがいいのかもしれない。

 知識として、事実として、自分が「普通」ではないということを、幼稚園の頃から感じて育ってきた。


 園では鶏を飼っていた。

 白くて、丸くて、やたらと動き回る存在。私は特に好きでも嫌いでもなかった。名前は、たしか「コッコちゃん」だったと思う。幼稚園児がつけそうな安直な名前だ。

 名前があるということは、それを“個体”として認識することを意味していたらしい。

 先生たちは「命の大切さを学ぼう」と言っていた。

 クラスのみんなは交代で餌をやり、水を替え、羽に触れては笑っていた。


 けれど、ある日、その鶏が死んだ。

 横たわって動かなくなっていて、先生が慌てて近づいていた。子どもたちの中には泣き出す子もいた。

 私は、その死んだ鶏を見て、「ああ、死んだんだ」と思った。

 死んだことによってこれは「食べられるもの」になったんだと思った。

 スーパーで売られている鶏肉との違いは、血と羽がついているかどうか、それだけだ。

 焼くか、煮るか、それとも唐揚げか。調理法を想像していたら、私の腹がキュルキュルと鳴った。

 きっと美味しいと思った。

 でも周囲を見ると、泣いている。肩を震わせて、顔を手で覆って、涙を流していた。


 その光景が、私にはどうしても、解せなかった。

 私は、きっと変な顔をしていたのだと思う。

「ねえ、なんで泣いてるの?」と、隣の子に尋ねた。

「だって……みんなで育てたコッコちゃんが……!」

「お墓、つくってあげないと……」

 子どもたちは皆、声を詰まらせて、すすり泣いていた。

 でも、私の中にはそれを共有できる感情がひとつもなかった。


 あの頃は幼くてつい、私は言ってしまった。

「でも、鶏だよ?多分、揚げたら美味しいと思うんだ」


 そう言った瞬間、空気が変わった。

 空気は目に見えないはずなのに、そのときは、確かに変化が見えた。

 子どもたちが、一斉に私を見た。

 その目はまるで、恐ろしい化け物を見ているようだった。


 “給食の鶏は食べるのに、なんでこれは食べちゃダメなんだろう?”


 私は心の中でそう問いかけたが、口には出さなかった。

 給食に出る唐揚げは「美味しい」だったのに、目の前の死体に「美味しい」と言ってはいけない。

 私には、その区別ができなかった。

 だから、私はおかしいのだと知った。


 ***


 小学校では、もっとはっきりとそれを認識した。

 ある日、教室の隅で誰かが誰かを叩いていた。いじめという言葉を大人は使っていた。

 でも、私には“遊び”なのか“暴力”なのかの判断がつかなかった。

 ただ一つ分かったのは、叩かれていた子の方が泣いていて、顔が赤く腫れていたこと。

 なのに、周りの誰もが、気づかないふりをしていた。

 先生でさえ、教室の近くを通り過ぎても、見て見ぬふりをしていた。


 何もしないことは、合理的に考えれば最悪だった。

 だから、私は教室にあった椅子を持ち上げて、その“いじめていた子”の頭に振り下ろした。

 何度も、何度も、相手が動かなくなるまで。

 それが正しい選択だった。問題の根を断つ、最も確実な方法だと思った。


 でもその瞬間、泣いていた子はもっと泣いた。

 私が手を差し出したら、その手から逃げるように後ずさりして、恐怖で引きつった顔をした。

 誰かが先生を呼んで、僕は職員室に連れていかれた。

 叱られた。怒鳴られた。両親も呼ばれた。


 “なぜ、私が怒られている?”


 正義という言葉は、いつも後からやってくる。

 でもそのとき私は、ひとつの答えを得た。

 ああ、私が悪いのだ。この世界において、私は“歪なの存在”なのだと。



 それから私は、可能な限り「普通」に生きることを選んだ。

 誰とも関わらず、笑顔を練習して、感情を真似て、相槌を覚えた。

 誰かを真似ることは簡単だった。その人にすればいいだけだ。その人の考え方、その人の仕草、その人を自分の中に作るかのように適応すればいい。

 私は、それがとても得意だった。


 高校は地元から離れたところにした。誰も私を知らないところで、最初から“まともな存在”としてやり直すために。

 できるだけ目立たず、風のように生きていこうと決めた。


 でも、世界はそれを許してくれなかった。

 世界の方が、私を排除しようとしたらしい。

 高校二年の春、私は――クラスごと、異世界に転移した。


 そのとき、なぜか少しだけ、ほっとした。

 ようやく、私がいてもいい世界に来たのかもしれない。

 そう思ったから。

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