第30話 神々、大掃除で大混乱

それは、年末が近づいた頃のことだった。


「なあ人の子、そろそろ決断の時じゃないか?」


リビングの中央で、掃除機の神ヴァキューム=ゼンがホースを誇らしげに掲げた。


「年末と言えば……大掃除だ!」


「うわ……やっぱそうなるか……」


「何を渋る。

 お前が一年で溜め込んだ埃を吸うのが、俺の生き甲斐だ。」


そこへすぐ、加湿器リリシアが小さく息を吐いた。


「埃を舞い上げる前に、湿度を保たせて。

 乾燥してると舞いやすいから。」


「やけに協力的だな。」


「私も部屋が綺麗になるのは好きよ。

 空気が澄むもの。」


電子レンジの勇者レン=ジ・ザ・サードは

棚の上に置かれた調味料の瓶を指差して豪快に言い放った。


「おい人の子!

 この棚の奥から賞味期限切れのソースが4本も出てきたぞ!!

 これ戦場の遺骸だな?」


「……すまん……」


「処分を任せろ、俺が燃やしてやる。」


「待て、燃やすな!!」


炊飯器の女神ツヤヒメは炊き釜を抱えてしゅんとしている。


「このキッチン周り……少し油が飛んでて恥ずかしいわ。」


「……俺が保温してる間に汚れが溜まったのか。」


保温神ホマレが申し訳なさそうに頭を垂れた。


「いいのよホマレ、これから磨けばいいんだから。」


二人は仲良く台所を点検しながら、ピカピカにされる炊飯器の釜を誇らしそうに撫でていた。


コタツ神ユカタは、当然ながら大掃除に消極的だった。


「このコタツ布団をめくるのはやめないか?

 ここには夢と怠惰しかない。」


「いやそれが問題なんだよ。

 ホコリとカスが詰まってる。」


掃除機ゼンがぐいぐいホースを差し込むと、

コタツ神が悲鳴を上げた。


「ひぃぃ! 夢の国が吸われていく!!」


「お前の夢は綿埃か!」


そして――冷蔵庫神フリーオは、珍しく少し緊張していた。


「……庫内の点検か。」


「そうだ、冷蔵庫の中も年末くらい全部出して掃除する。」


扉を開けると、奥の方からひどく古い調味料が出てきた。


「あっ……」


「……私は……守りきれなかったのか。」


「いや、それは俺が放置してただけだ……」


「そうか……なら許す。」


冷蔵庫の中から、うっすら冷気が涙のようにこぼれた気がした。


宅配ボックス神デリバロスは勝手に宅配業者を玄関で止めていた。


「今は大掃除中だ。外から新たな荷物はしばし遠慮してもらおう。」


「お前……そこまでやる必要は……」


「全ては秩序のためだ。」


妙に真面目な顔をしてカチリと鍵を閉める。


そんな中――


扇風機センプ=ウは壁の隅で涼しい顔をしていた。


「俺の季節じゃないからな……」


「そう思うだろ? でも羽に埃溜まってんだよ。」


「……やめろやめろ……

 そこは触れるなぁぁぁぁ!」


ゼンが羽にノズルを差し込むと、情けない声で悲鳴を上げた。


結局、家中が大騒ぎになりながらも

数時間かけて大掃除は終了した。


床はピカピカ、棚の上もスッキリ。

冷蔵庫もコタツの中も、埃一つない。


「ふぅ……見違えるな。」


レン=ジが肩を回す。


「これで来年もまた、この家で堂々とお前の唐揚げを温められる。」


「いや……お前が勝手に温めるんだろ……」


「どちらでもいい。」


ツヤヒメが釜を撫でて微笑む。


「これでまた気持ちよく米を炊けるわ。」


家の隅々から漂うのは、新しい空気。


掃除機ゼンがホースをゆっくり引っ込めて呟いた。


「来年もよろしくな、人の子。」


「……ああ。来年もよろしく頼む。」


神々に囲まれたこの家は、

やっぱり少し騒がしいけど――

その分、ちょっとだけ誇らしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る