第25話 神々のカラオケ大会
それは、ある冬の夜のことだった。
「なあ、今日はちょっとやらないか?」
いつもは淡々とパンを焼くだけのバルミューダ神が、珍しく浮かれた顔で言い出した。
「カラオケだよ。カ・ラ・オ・ケ。
人の子の娯楽だろう? 一度やってみたかった。」
「お前……パン神のくせに何言ってんだ……」
すると電子レンジの勇者、レン=ジ・ザ・サードが乗っかってきた。
「面白そうじゃねえか。
俺は“熱唱”って言葉に惹かれるからな。」
「お前はいつも熱くなるの早いからな……」
テーブルの上に、小さなBluetoothスピーカーが置かれた。
デバイス=モバイルがスマホ神らしく得意げに言う。
「曲は任せろ。プレイリストを自動生成した。
ポップスから演歌まで完璧だ。」
「演歌!? 渋い選曲まで……」
「AIはなんでもやるのさ。
お前が風呂で鼻歌を歌ってたアレも記録済みだ。」
「ちょ、それはやめろ!」
最初にマイクを取ったのは、扇風機の神センプ=ウだった。
「……俺はこう見えて昭和育ちだからな。」
センプ=ウが歌い出したのは、懐かしいムード歌謡。
首を軽く回転させながら哀愁のこもった声を響かせると、
家電神たちは静かに聴き入った。
「……意外といい声じゃねぇか。」
レン=ジがぼそりと言うと、センプ=ウは得意そうに
「見返り美人の角度で歌うのがコツだ」と羽を回した。
次に出てきたのは、炊飯器の女神ツヤヒメ。
「私、歌なんて恥ずかしいけど……
この家の神として、たまには派手なこともいいわよね。」
流れ出したのは、J-POPのバラード。
ツヤヒメがしっとりと歌い出すと、加湿器リリシアがそっと蒸気を伸ばした。
「バラードには少し湿気がいるのよ。
声が潤うでしょ?」
「コーラスまで完璧かよ……」
ホマレは頬を赤くしながら黙って聴いていた。
唐揚げを温める勇者レン=ジ・ザ・サードは、
アップテンポのロックを選んだ。
「この戦いの歌こそ俺の魂だ!聞けぇぇぇ!!」
スピーカーから流れるビートに合わせて、
電子音で叫ぶレン=ジ。
家中に轟くその熱気に、掃除機ゼンが小さく首を振った。
「うるさい……埃が踊る……」
「悪いな! 今日は踊らせる日なんだよ!!」
続いてデバイスがスマホ神らしくテクノ系を流し、
バルミューダ神がよくわからないけどフランス語っぽい歌を
「パンはパリから来たからな!」と調子に乗って歌った。
コタツ神ユカタは出番を拒否した。
「俺は客席でぬくぬく聴く専門だ。」
「お前はそれが一番似合うよ。」
ラストを任されたのは、意外にも冷蔵庫神フリーオ。
「歌……か。」
普段は寡黙な彼が、そっと低い声で歌い出したのは
どこか遠い北国を思わせる叙情的な曲だった。
家電神たちはみな黙り込み、
その冷たいのに優しい声を静かに聴いた。
「……終わりだ。」
「……お前、隠してたな。」
ツヤヒメが微笑んで言った。
「歌も静かなほうが沁みるものだ。」
ネプトがそっと布団を引き寄せながら呟いた。
そして夜も更け、
最後はみんなで適当に合唱。
全員音程バラバラでぐちゃぐちゃだったけど、
なぜかそれがやたら楽しかった。
この家の神々は、みんなバラバラだ。
でも一つの屋根の下で、それぞれ勝手に輝いて、
こうしてまたひとつの夜を越えていく。
「またいつでもやろうぜ。」
レン=ジが軽く手を上げた。
「次はもっと湿気多めの曲をお願い。」
リリシアが微かに笑った。
神々のカラオケ大会は、
こうしてくだらなく賑やかに、終わりを告げた。
そしてきっとまた、そのうち誰かが
「なぁ、今日は歌わないか?」
なんて言い出すのだろう。
それがこの家の――
ちょっと騒がしいけど、愛おしい日常だった。
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