第24話 Wカップル成立?

 職場実習二日目を迎えた。

 昨日とは逆に、朱里たちのA班が清掃とリネン交換などを行い、B班の萌花たちがレクリエーションの担当をする。

 暗黙の了解とばかりに紫生はリーダーシップを取り、手際よく指示を出し、準備がどんどん捗ってゆく。


 認知症を患っていると、不安や妄想、幻覚といった症状がみられる人も多く、初対面とも言える実習生に対し、嫌悪感を抱く人もいる。

 恐る恐る話しかける野島や樋下田ひげたと違い、場慣れしているのもあり、紫生は気さくに声掛けし、率先して明るい雰囲気を作り出す。


 普段はCDで音楽を流しながら、風船バレーをしたり、絵手紙や折り紙などをしたりするのだが、三十分ほど前に入居者の一人がCDラジカセを床に投げてしまい、故障してしまった。

 他の階から別のCDラジカセを借りて来たまではいいのだが、何故かまた投げようとスタッフと揉め始めた。


「今日は別のことをした方がいいかも……」

「……あっ!」


 ケアマネージャーの小川がスタッフと話し合っていると、萌花は急に思い出したように声を上げた。


「あの……。倉庫にあった電子ピアノ、使えますか?」

「電子ピアノ? そういえば、あったわね」

「昔いたスタッフが使ってたやつですよね。今は弾ける人が誰もいなくて、しまい込んでしまったやつ」

「壊れてなければ、私が何か曲を弾きましょうか?」

「えっ、星乃さん、ピアノが弾けるの?」

「はい、簡単な曲なら。三歳の頃から中学校卒業するまで習っていたので、たぶん弾けると思います。簡単な曲でいいんですよね?」

「わぁ、助かるわぁ! 風船バレーを楽しみにしてる人も多くて、体力も維持できるし、結構レクリエーションは大事なの」

「では、倉庫から出して来ます」

「俺も手伝う」


 萌花は紫生とヘルパー二人と一緒に倉庫へと向かった。

 前日に掃除用具を取り出す際に視界に入った電子ピアノ。

 結構値段も張る良いピアノだとすぐに分かった萌花は、脳内で何の曲を弾こうか、選曲し始めた。


**


 リハビリ室でレクリエーションが行われている間、朱里たちは二チームに分かれて、居室の掃除を行う。

 施設内に流れるBGMとは違い、リハビリ室から漏れてくる音楽は陽気な曲調で思わず体がリズムを取ってしまう。


「レク、すげぇ楽しそうだな」

「うん、何やってるんだろう?」


 前日の実習で、レクリエーションを担当した朱里たちは、手に絵の具をつけて白い大きな布に自由に描くというものをやった。

 中には素足に絵の具をつけて足でペタペタと描く人も現れ、朱里と新は一緒になって素足で描いたのだ。

 認知症の進行を遅らせるのに、脳を活性化させるのが有効と言われている。

 新しいことが憶えにくい一方で昔のことは鮮明に憶えていたりするのもあって、昔話をしながら脳に刺激を与えたり、手足を使って感覚を刺激するという療法だ。


 二階のベッドシーツを交換し終えた朱里と新ペアは、使用済みのシーツを洗濯室へと運びながら、リハビリ室の窓から中の様子を覗き込んだ。

 すると、萌花と速水くんが背中合わせになって腕を組み、背中部分の空間に風船を挟んだまま、風船を落とさないようにカニ歩きの状態で歩いている。

 同じようにスタッフと入居者さんのペアと競っているみたいだ。


「……朱里?」

「あっ……うん、行こっ」

「おぅ」


 いつもクールビューティー張りに喜怒哀楽を表情にするのが苦手な萌花だが、朱里の目には物凄く楽しんでいるように見えた。

 レクリエーションなのだから楽しんで当然だし、不貞腐れた顔で実習を行うのもおかしな話。

 けれど、前日に続き、速水くんと一緒にいる萌花を見るのがほんの少しだけ羨ましいと思えた。


**

(※視点が切り替わります)


 職場実習四日目の十六時過ぎ。

 今日の実習を終え、実習生八人は愛寿園から駅前通りへと歩いていると、佐倉さんはおもむろに鞄の中を漁りだした。


「あぁ~っ、実習中だからお菓子が無かったぁ~」

「駅前のコンビニで何か、買う?」

「う~ん、そこまでは空いてない」

「あっそうだ! 俺、貰ったお菓子食べずに持ってるからやるよ」

「えっ、食べなかったの?」

「ナッツっぽかったから」

「あ、そうか。ピーナッツアレルギーあるもんね」


 佐倉さんは小腹が空いたようで、星乃さんが駅前のコンビニを指差すと、すかさず片山くんが鞄の中から入所者さんから戴いた小袋菓子を手渡した。

 甘いもの好きの佐倉さんと、これまた甘いお菓子が大好物の入所者さんは意気投合して、おやつの時間に『お菓子トーク』で盛り上がっていた。

 そして、その入所者さんが実習生に大事なお菓子をお裾分けしてくれたのだ。

 ピーカンナッツにチョコがまぶさっているお菓子で、色々なチョコの味が楽しめるタイプのものだった。

 どんな種類のナッツか分からないから、片山くんは食べなかったのだろう。

 佐倉さんは片山くんから貰った袋を開け、嬉しそうにそれを頬張った。


「新、ありがとっ! これ、めちゃくちゃ美味しいやつなの♪」

「そりゃよかったな」


 片山くんが佐倉さんの頭をポンポンと撫でると、佐倉さんはにっこり微笑んだ。


「何だよ、お前ら。完全にデキてんじゃん。片山と佐倉、速水と星乃? Wカップルじゃん」

「ちょっと、変なこと言うの、やめてよね」


 丘野くんの発言に、すかさず星乃さんが反応した。

 俺の方に視線を向けて、何だか申し訳なさそうにしてる。

 まぁ、この手の揶揄いは慣れっこだから、俺は全く気にしないんだけどね。


 それに、何だろう。

 ちょっとモヤッとする。

 俺の鞄の中にも全く同じものがあるんだけれど、嬉しそうに食べる佐倉さんを見る幸せそうな片山くんの気分を害してしまうかもしれない。

 片山くんが佐倉さんのことを想っている気持ちを知っているから『俺もあるよ』とは言えない。

 たかが、小袋菓子一つなのに。

 佐倉さんの笑顔を引き出せる片山くんが、ちょっぴり羨ましく思えた。

 

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