第39話 長い道のりの果てに

 ミナがいない……。

 何かあったのか?


 朝方の空気は冷え込んでおりテントの中でさえとても寒い。

 急いで着替えを済ませて、周囲を探すことにした。

 もしものこともある。

 それからミナを見つけたのはテントから少し離れた川だった。


 試験管を片手に、なにやら作業をしている。


「ミナ、こんなところで何をしてるんだ?」

「あ、おはようございます。ちょっと川の水質調査をしてました」

「水質調査? 何か気になることでもあるのか?」

「汚染具合をちょっと調べておきたくて。地下水頼りだと、いつ枯れてもおかしくありませんし」

「そういうことか」


 水は大事だ。

 ワクチン接種前は汚染された川の水は触れることすらできなかったが、今はもしかしたら利用できるかもしれない。

 川の水が使い物になるかどうかを調べていたということか。


「それで、結果はどうなんだ?」

「やっぱり飲み水には使用できませんね。体内に入るとワクチンが反応するくらい汚染されてます。いずれは浄水場が必要になるかもしれません」

「浄水場か……」


 ウィルスを克服しても、ウィルスそのものがなくなったわけではない。

 いずれは全てを取り除き、それでようやく完全に克服したといえるだろう。

 その為にも少しずつでもできることがあるはずだ。


 ……多分それは長い道のりになるだろう。

 俺が生きている間に見ることはできないかもしれないが、それでも何か次の世代に繋がるものを残しておきたい。


 よいしょっとミナが立ち上がり、お尻についた埃を払う。

 二人でテントに戻り、出発するために準備を整えた。

 ここからまだデルタシェルターまで距離がある。

 しっかり休んだとはいえ、少し足に疲労が残っていた。


 移動しながら食事を済ませる。

 冬だからか動物の姿もほとんど見かけなくなっていた。

 ひたすら進む。

 足が棒のようになってきたら休憩を挟み、強い風が行く手を阻んだら無理に進まず安全な場所で収まるのを待った。


 ホバークラフトの燃料が切れてから四日ほどかけて、ついにデルタシェルターに到着する。

 水や食料の入っていたバッグも随分と軽くなってしまった。


「ここに来るのも久しぶりだな」

「二人でシェルターを出た時以来ですもんね」


 ミナを信じて、シェルターを出てラボラトリーシェルターを目指したあの日は忘れない。

 ミナの正体を知った時は驚いて、恐怖すら感じたものだが……目的そのものは変わらず同じという言葉を信じて実験を成功させた。

 そして、再びここまでスーツなしでくることができた。


 余っていた物資はデルタの言っていた通り回収されてなくなっている。


「デルタ、いるんだろう。話があるから聞いてくれないか」


 外から呼びかける。

 あのデルタのことだから、外からでも声が聞こえる仕様にしていてもおかしくない。

 だがしばらく待ってみても反応はなかった。


「以前私が使用した通路も使えなくなってますね。偽装コードも弾かれます」

「そんなことしてたのか」

「あの時はどうしても人のいるシェルターに入らなきゃいけなかったので……。その代わりカイトさんに会えたからいいじゃないですか」

「それはそうだけど」


 デルタはよく怒らなかったものだ。

 やっぱり同じ管理AIだから見逃したのかな?

 しかしそうなると向こうが招き入れてくれないとお手上げということになる。


 だが、今のシェルターはあれから時間が経って収納人数は1000人ギリギリのはずだ。

 つまり中に入れてくれるとは思えない。

 デルタシェルターにおいて収容人数に例外は存在しないのだ。

 これは散々言われ続けたことでもある。


 中と通話できるだけでもいいんだが……。

 そういった装置がないかミナと一緒に周辺を歩き回る。


「連絡用の端末くらいはあるはずなんですけど」

「見当たらないな」


 あるのは巨大な壁だけだ。

 その端っこあたりに今はいるのだが、見つけることができなかった。

 途方に暮れる。

 もう一度呼びかけようと思ったその時、突然下の壁から鉄格子のようなものが伸びて俺たちを取り囲んだ。

 鉄格子の先端から壁が生成される。

 これは……ナノマシンか?


 鉄格子に触れて動かないか試してみるが、びくともしない。


「捕まっちゃいました……?」

「そうみたいだな。デルタ、これはどういうつもりなんだ」


 問いただそうとしても、反応は相変わらずないままだ。

 まるで即席の牢屋だ。

 鉄格子の部分も変化が始まったので、慌てて手を放す。

 鉄格子だった部分はガラスへと変化し、全面を覆った。

 牢屋からガラスの箱になる。


「すごい、こんな技術を維持してるなんて」


 ミナが感嘆する声をだした。

 反応するかのように白い蒸気が噴出される。

 覚えている。これは消毒用の蒸気だ。


 そして、蒸気が排出された後は輸送するかのように移動した。

 ある地点に到着すると停止し、地面の壁がガラスの箱の分だけ開き、下へと落下した。


「これ、多分専用の通路みたいですね」

「こんな仕掛けがあったなんて」


 しばらく周囲の景色は黒い壁だったのだが、途中から白い空間に変化する。

 デルタシェルター内でこんな場所は見たことがない。

 ガラスの箱は俺たちに構うことなく落下していく。

 やがて白い空間の地面に到着するとそこで停止し、消えていった。


 どうやら、デルタは俺たちをここに招いたらしい。

 あのままあそこで無視されなくてよかったと思う反面、ここはどこなんだという思いもあった。


 ここは外と違い快適な気温に保たれている。



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