第30話 お前は誰だ?
窓のないラボラトリーシェルターでは赤いランプだけでは視界がまともに確保できない。
落ち着いて、手探りで自分の鞄を見つけて引き寄せる。
ライトがあったはず。
見つけて灯かりを付ける。
これで最低限の視界は確保できた。
すぐに電気が復旧する様子はなさそうだ。
もしかして、直したばかりのバイオリアクターに何か起きたのだろうか?
じっとしていても仕方ない。
俺はそう思って、部屋から出た。
電気が遮断されて扉が開かなくなっているのではと思ったが、閉じ込められないように手で開けられるようだ。
……部屋から出て周囲を見る。暗いだけでここまで雰囲気が変わるのか。
数日ほど過ごしたラボラトリーシェルターは、真っ暗になると全く知らない場所のように感じられた。
空調も止まっているようで、少し蒸し暑い気がする。
とりあえずまずはミナと合流した方がよさそうだ。
ライトで奥と足元を交互に照らしながら移動する。
一番奥の研究室を目指して歩くが、暗いせいかとても不気味だ。
いつもより苦労して、ミナが寝泊まりしているであろう研究室に到着した。
他よりも頑丈な扉なので開けるのに苦労したが、体重を掛けてゆっくりと開けることができた。
「ミナー! いるかー?」
研究室の中をライトで照らし、ミナを探す。
しかし見つけることができなかった。
ここにはいないのか?
広めの部屋とはいえ、一周するのにそれほど時間はかからなかった。
てっきりここにいると思ったのであてが外れてしまったな……。
奥に鎮座しているバイオリアクターは機能を停止していた。
「熱っ」
表面を触ってみると、異常に熱を持っている。
部屋も温まっており、まるでサウナのようだ。
きっと空冷機能が途中で不具合を起こして熱暴走を起こしたのではないだろうか?
それで電気系統のトラブルを引き起こした可能性が高い。
少し間をおいて冷却しないと触ることもできそうにない。
やれやれ。ミナはどこに行ったんだ?
研究室から出て、近くにある部屋が目に付いた。
ここだけロックされてたんだよな。
ミナが自室に使っていたからって理由で。
もしかしたら寝る時だけこっちに移動しているのかもしれない。
ミナは非力だから扉も開けられないのかも。
試しにノックしてみるが、反応はない。
……今は緊急時だし、もし中で気を失っていたらまずい。
力を入れてみると、ドアのロックは外れており開いた。
中は休憩室兼資料置き場のような感じだった。
デジタル化されていない論文らしき紙束が所狭しと積まれてある。
俺はゆっくりと中に入っていった。
ミナが倒れていたら踏んでしまわないように足元を中心に照らす。
……だからだろうか。
奥にあるそれに気付くのが遅れてしまった。
一番奥に机があり、その前にある椅子に座った白衣を着た誰かが机に臥せっていた。
仮眠をとっているような様子だ。
ホッとした。
ミナも根を詰めて作業していたようだし、疲れて寝てしまいこの騒ぎに気付かなかったのだろう。
全く、しょうがないやつ。
「ミナ、起きてくれ。シェルターが停電になったんだ。どうするか一緒に考えよ……う?」
近づくほど、その後ろ姿の違和感が大きくなる。
ゆっくりと近づき、眠っているミナらしき人物の横へと回る。
そして、俺は思わず後ずさろうとして何かに足を取られて尻餅をついた。
そこにいた、いやあったのは白骨化した死体だった。
誰かの死体が白衣を着て臥せっていたのだ。
心臓の脈が速くなるのが自分でも分かる。
部屋が暑いのに、冷や汗が止まらない。
なんでここに死体があるんだ?
ミナはどこに行った?
熱くて息苦しい。
色々な感情が駆け巡る。
ハッハッハッ、と聞いたことのないような自分の呼吸音が耳に届く。
落ち着け。落ち着くんだ。
何が起きたとしても、冷静に対処しないといけない。
それが現場で仕事をする上で一番大事なことだ。
時間はかかったが、その意識でなんとか呼吸を整えた。
立ち上がり、おそるおそる白骨化した死体のそばに移動する。
どうやら何かを書いている途中で亡くなったようだ。
謝りながら、書きかけのそれをそっと引き抜く。
これは日記のようだ。
この人が誰か分かるかもしれない。
こんなことをしている場合ではないかもしれないが、積もり積もった好奇心は抑えられない。
適当に言い訳を取り繕って俺は日記を読み始めた。
どうやらこの死体の人は女性らしい。
……研究者同士の対立に頭を悩ませているのが伝わってくる。
ミナに聞いた通りだな。
そしてついに、お互いを毒殺する悲惨な事件が発生してしまった。
この女性は中立だったのでそれに巻き込まれずに生き残ったようだ。
しばらく感情に任せて書きなぐったような跡がある。
……まあきついよな。
どうしてこんなことに、と書いてある。
<どうして私が最後の一人になってしまったのか>
この一文を目にした瞬間、ようやく落ち着いたはずの心臓がまた跳ねた。
<尊敬する先生は自ら命を絶った。もうこれでラボラトリーシェルターの生存者は私だけだ。人類を救うという崇高な使命は、失敗した。残った私だけでは時間も能力も足りない。一体どうすればいいの? 唯一頼りにできそうな管理AIのアルファはシェルターの崩壊に耐えかねたのか沈黙を選択した>
それから絶望の言葉と、謝罪の言葉をひたすら書き続けている。
髪がしわになっているので、泣きながら書いたに違いない。
<もし、他のシェルターから来てこれを読む人がいたら、論文も設備も自由に使って構わない。人類の未来に少しでも役立てて欲しい。私はもう疲れた。両親のもとに行こうと思う。弱い私を許して欲しい。ラボラトリーシェルター最後の生存者、ミナより>
日記の最後はそう締めくくられていた。
死体の近くには小さな瓶がある。
きっとこれで自ら命を絶ったのだろう。
ラボラトリーシェルターの使命という重圧に耐えられず。
……だが、どういうことなんだ?
なぜミナの名前が死んだこの女性の日記に書かれているのか?
突然電気が復旧した。
白い照明が部屋を照らす。
それと同時に、ドアが自動で開いた。
「あーあ、やっぱりカイトさんはここに来てしまいましたか。安全なシェルターから出ちゃうほど好奇心が強い人ですから、いつかはこうなるかもと思ってました」
そこには、俺がミナと呼ぶ人物がいた。
ヒュッという音が俺の喉から出た。
だがなぜだろう。今までと見た目は同じなのに、全く違う人物に見える。
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