真夏の海はムッツリを解き放つ

 ウチたちは全員でエレベーターに乗り込み、ちちぷいビーチへと繋がる階層へと降りていった。

 ガラス越しに見える外の風景が、ゆっくりと地上へと近づいていくのを眺めながら、

 ウチはもう、ワクワクが止まらんかったんよ♪


「うきゅぅぅう♪ もうすぐ海~♪ うっみ~~♪」


あおい? 気持ちは分かりますけれど、あまり暴走しないでくださいませね?」


 椿つばがウチの肩にそっと手を置いて、「ぽん、ぽん」と軽くたたき、落ち着くように促してくれる。


「葵ったら♪ でも、私も楽しみだわ。月美も、しっかり準備運動してね? 足がつらないように」


「んっふ~ん♪ 今のアタシは無敵っ!」


「……つぐはすぐ調子に乗るんだから! もう……でも、しばらくはラーヴィお預けでしょ?」


 ミントにやさしくコツンと、ゲンコツされて、落ち込むお姉ちゃん。


「そーなんよねぇ~~~……がっぽし」


 抜け駆けするからでしょ?  お姉ちゃん……ちゃんと反省しなさいって♪ ふふっ。


 そのとき、まほが辺りをきょろきょろしながら、椿咲に尋ねた。


「ねぇねぇ、椿咲。みんなの水着姿って、どんな感じなの? あんまり《ヤマネアイ》を使っちゃうと、ヤマネさんがしょげちゃうから……教えて?」


 まほは全盲だから、視覚が必要な時は、伝説の妖怪・ヤマネ様を憑依させて《ヤマネアイ》を使うんだけど……


『アノナ~……つまらんことでウチをこき使わんといて!』


 って、すぐご機嫌が悪くなるんよね。そのうえ——


『油揚げ一万五千枚奉納したらカンガエタル~♪』


 なんて無茶ぶりされちゃう。……うん、そりゃあ大変だわ。


 まぁ……ちょっと見てみたいからって、「憑依して〜♪」なんて気軽に頼める存在じゃないしね。

 仕方ない、椿咲の言葉でイメージして、楽しんでてね、まほ♪



 すると、椿咲がにっこり微笑みながら、私たちの水着姿をまほに説明し始めた。


「えっと、まずはわたくしから♪ わたくしは、シンプルな白のワンピースタイプの水着ですわ。ところどころにピンクのラインが入った、フリルがあしらわれていて……わたくし、こういうフリル付きの衣装、昔から大好きなんですの♡」


 うんうん、椿咲、すごく似合ってるよ〜♪

 とっても可愛い~♡


「ふむふむふむ……イメージできた! 椿咲、かわいい〜♡」


「うふふ♡ ありがとうですわ、まほ♡ それじゃあ続いて……ミントの水着をご紹介しますわね♪」



「は〜い♪ いいわよ、椿咲♪」


 そう言いながら、ミントはくるりと一回転して椿咲に見せやすいようにポーズをとる。


「とっても素敵♪ ケルト文様が刺繍された、美しいエメラルドグリーンのビキニですわ♪ ミントの豊かな胸元を、優しく包み込むデザインは刺激的♪ その上に、薄いオレンジの水着用カーディガンを羽織っていて、丸い縁のオレンジレンズのサングラスも合わせているから……同い年とは思えないくらい、大人びた女性の印象になってますわ♡」


「ケルト文様……? ねぇミント、触ってもいい?」


「もちろん♪ 触ってみて、形を感じて♪」


 まほは、そっとミントに近づき、刺繍の部分を指先でなぞるようにさわさわ……

 緑の布に施された複雑な模様の触感を、丁寧に確かめている。


「……不思議な文様。こんなの、初めてかも……」


「これはね、私の故郷に伝わる伝統的な模様なの。お祭りの衣装なんかにも、よく使われてるのよ」


「いつか……ミントたちの故郷にも行ってみたいな……」


 ……ミントの故郷。

 今はもう、邪神によって滅ぼされて、何も残っていない場所。


 でも、まほだから、きっと慰霊に伺いたいんだろうね。巫女として、ミントの家族と仲間の慰霊に。


「……そうね、今はまだ難しいけれど――きっと連れて行くわ。約束する、幻刃♪」


 ミントは、まほの気持ちが分かったんやろうね。

 ほんの少し、空気がしんみりしたけれど……でも、今のウチたちなら、きっといつか——

 一緒に、その場所を訪れる日が来る。そう信じてる。


「…コホン、それではお姉様! ご説明しますので♪」



「は〜い♡ じ〜っくり見て、まほに説明してあげてね☆」


 ノリノリなお姉ちゃん。場の雰囲気を明るく変えてくれる♪

 ……それにしても、はち切れんばかりの胸がぶるんっと揺れて、存在感すごすぎっ。


「お姉様が着ているのは、モノキニと呼ばれる、ビキニ寄りのワンピースタイプの水着ですわ♪ 色は情熱的な赤! まさにお姉様のパーソナルカラーですわね。上部はホルターネック式で、首元でしっかり固定されています。そして、おしゃれな黒いチョーカーを添えて、全体に引き締まった印象を与えておりますの♡」


「んっふ~♪ 椿咲、アリガト☆ さらにアタシは、攻めのスタイルで――お腹とサイドラインも大胆にオープン♪」


「……確かに、それはラーヴィのムッツリ心を刺激しそうねぇ。でも、暫くはおあずけだから?」


「ひ〜〜ん! 分かってるわよぉぉ〜〜〜(涙)」


 あはは……でも、お姉ちゃん。情けは無用、うんうん。


「月美ちゃん? 本気でおあずけだからね? でも、水着はすごく素敵♪ 私もいつか着てみたいわ〜」


「……まほ? アナタの水着も、なかなかの露出度だけどね……?」


 確かに……この二人が、際どいんよねぇ~♪


「それでは、いよいよ大トリ! 葵の水着をご紹介しますわよ〜♪」



「ぬお! そうやった〜! 椿咲、おねがいね♪」


 ウチはくるりと前に出て、椿咲が見やすいようにポーズを取る。

 椿咲はじっくりとウチを見つめながら、まほへの説明を言葉に乗せてくれる。


「葵の水着は、フレッシュなブルーのビキニですわ♡ すっごく可愛い♪ 透き通るような白い肌とのコントラストが映えて……ビキニには小さなフリルがあしらわれていて、まるで妖精さんみたい♡ 快活な葵にぴったりですわよ〜♡ 葵〜〜♡」


 むきゅっ♪ 椿咲がウチに抱きついてきた。

 そして、くんくんくん……ってウチの匂いを嗅いでる!?


「はぁ〜〜♡ 葵の匂い、落ち着きますわぁ〜♡」


「いや、それは落ち着いてませんから!? 椿咲っ」


 まほのつっこみに、皆が笑顔になる。

 ——そんなほっこり空気の中、エレベーターがチン♪と音を立てた。


 地上に到着したみたい。


「そんじゃ、行こうか♪」


 お姉ちゃんの音頭で、ウチたちはエレベーターから降りる。

 すると、まほは、キョトンとした表情で訪ねてきた。


「そういえば、ラーヴィは何処に?」


 あ、そういえばにぃに? 何処やろ? するとお姉ちゃんが、頭をかきながら……


「そいえば言い忘れてた。ラーヴィは場所取りで先に向かってるわよ♪ 場所は、端末のマークされてる場所よん♪」


「そういう事ね♪ 彼の水着姿も、教えてね♪ 椿咲♪」


「ええ♪ よろこんで♡」


 ウチたち5人は、いよいよちちぷいビーチにたどり着いた。


□ ■ □ ■


 ……暇だ。だが、不満はない。


 なぜならば……寄せては返す、穏やかな波の音。

 真っ青な海と、蒼く広がる空。

 この完璧すぎるロケーションでは、「暇だ」という感覚すら贅沢に感じられる。


 場所取りは月美に任された。

 そこで、海とのアクセスがよく、休憩にも適したこの場所を確保した。


 女性の支度には時間がかかる。


 それはもう、嫌というほど学ばされてきた。だから、問題はない。


 砂浜の砂はきめ細かく、足の裏に心地よい。

 まだ午前中だが、陽射しはしっかり出ていて、夏の熱気を確かに感じる。

 けれど、不快感はまるでない。むしろ、ちょうどいい心地よさだ。


 癒されている。そう言っても、差し支えないかもしれない。


 一人の時間が、こんなにも心を整えてくれるとは思わなかった。

 もちろん、皆といるのも楽しい。決して嫌ではない。

 けれど、こういう静かな時間も、きっと必要なのだと。

 このバカンスで、それを学べた気がする。


 そんな時。ホテル方面から、何やら人々のざわめきが聞こえてきた。


 ……来たか?


 水着は、直前まで「シークレット」とされていたため、どんな姿かは知らされていない。


 そして——


『マジか!? ウソだろ!?』

『グレイトォ! グゥゥゥウレイトォ! レディたちぃぃぃ!!』

『キャーーー♡ 結婚してーーーーー!!』

『ちちぷいでモデル撮影会か!? 新モデル、BEHIMOTH出たばっかだぞ!?』


 周囲の歓声が、波の音よりも大きく響いてくる。

 なぜか、心臓の鼓動が早くなる。


 ……以前の自分なら、こんなふうに昂ることはなかったはずなのに。


「お〜〜〜〜〜い♡ ラーヴィ〜♪ おまたせぇ〜〜〜〜♡」


 両手を大きく振りながら、月美を先頭に――

 椿咲、葵、ミント、幻刃が、きらきらと輝きながら駆けてくる。


 ……ダメだ。皆、美しすぎる。

 心から、そう思った。


「ラーヴィ、お待たせ♪ 場所取り、ありがとうね♪」


「ああ。こういうことで、役に立てるのなら嬉しいよ。それに――皆……最高に綺麗だ」


 ……しまった。無意識に、口をついて出てしまった。


「「「「「……あの、ムッツリが、少し剥けた!?」」」」」


 皆驚いたようにつぶやいた……


 その直後に。


「「「「「ありがとう♪ 嬉しい♡」」」」」


 五人が、最高の笑顔で応えてくれる。


 ――さて、これから向かうのは戦場ではない。遊び場だ。


 この時間を、大切にしたい。

 誰も、欠けることのないように――

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