第5話 おもんない

六月の空は、思いのほか青かった。


梅雨の晴れ間。照りつける日差しに、じっとりと汗がにじむ。

僕たちは学校のバスに揺られ、**真中第一中学校**へと向かった。

今日の役目はただ一つ――**応援**。


試合には出ない。声を出すだけ。

そんなことは分かっていたけど、どうしても心は浮かれなかった。


会場は山あいの中学校。コートが六面、まるで囲われた鳥かごのように並んでいた。

校舎裏に陣取ったブルーシートの上で、僕は体育座りをしながら、目の前のコートをぼんやりと眺めた。


「**石田・庄司ペア、コート2番!**」


呼ばれたのは、三年の**石田先輩**と**庄司先輩**のペアだった。


「おー、いっちょやってきますか〜」

「まじでサーブ、今日入るかな〜?」


ふざけた口調で笑い合いながら、二人はラケットをぶら下げてコートへ向かっていく。


普段の練習では、ずっとふざけてばかりで、まともに球拾いもしていない。

「まじサーブ入んねーわ」とか言いながら、こっそりネットの陰でスマホをいじってたのを僕は知っている。


案の定、試合でもサーブはまったく入らず、レシーブも空振り。

前衛の庄司先輩は、ポーチのタイミングがずれまくって、空振り三連発。

そのたびに、相手校の前衛に軽く流しボレーを決められていた。


「やべ、今の無理〜!」

「えー、そっち行く?」


ふざけた声が、時折コートから聞こえてくる。


(あぁ……また、練習で見たやつだ)


特に驚きも、感情も湧かなかった。

むしろ、「そりゃそうなるよな」と、どこか冷めた目で見ていた。


試合はストレート負け。 テントに戻った二人は、悔しそうに顔をしかめていた。


「くそ、マジで勝てたよなあ……」

「サーブ入ってりゃ、あれ絶対取れてたって」


言葉には悔しさがにじんでいた。

けれど、僕はその横で、冷めた目をしていた。


(いや、じゃあもっと真面目に練習しとけよ。馬鹿じゃねーの)


(これが部活の「先輩」……?)

心の中に、少しだけ冷たい風が吹いた。


「**安藤・川上ペア、コート4番!**」


続いて出ていったのは、うちのエース、**安藤先輩**と川上先輩のペアだった。


「よろしくお願いします」

「集中、一本目から取るぞ」


普段はあまり喋らないけれど、誰よりも早く来て、誰よりも多くボールを打っていた。

冬場でも一人で壁打ちをしていた姿を見たことがある。


試合が始まると、空気が変わった。


ラリーの応酬。スマッシュに飛びつく安藤先輩。

滑り込むようなレシーブ、息を合わせたポーチ。

何度もデュースに突入し、ようやく1ゲーム。

まるで一本の点を奪うのに、命をかけているかのようだった。


「よっしゃぁ!」

「ナイス、ナイス!」


(やっぱ、すげえな……)


そう思いながら、どこか他人事だった。


内容は熱かった。試合展開も悪くなかった。

けれど、それでも「面白い」とは思えなかった。


僕はただ、ネットごしに試合を見る。

拍手をしながらも、どこか心が置いてきぼりのままだった。


試合はフルゲームの末に勝利。

その後も勝ち進み、**安藤先輩たちは県大会出場を決め、地区3位になった**。

応援団は大歓声。先生も、先輩も、みんな笑っていた。


「すげー!マジやったじゃん!」

「県だよ、県!すげぇって!」


だけど僕は――


(……まだ、何も始まっていない)


そう思っていた。


何も出せていない。何もできていない。

ただ、見ているだけ。


それが、悔しいとか悲しいとか、そういうことじゃなかった。

ただ、つまらなかった。


でも、そんな「つまらなさ」が、僕に火をつけたのかもしれない。


「自分も、やってみたい」

そうはっきり思えたわけじゃない。


ただ――


「このままじゃ終われないな」と、ぼんやり思った。


僕の夏は、まだ始まってもいなかった。

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