第12話 手が届く
ダンジョンの通路は、ゆるやかな下り坂になっていた。
時折、左右に折れ曲がるが、道そのものは比較的素直だ。苔と湿気のせいで足元は滑りやすく、油断すれば転びかねない。
だが、俺の足は止まらない。
出現する敵は、さほど多くはない。
だが、一体一体の動きや攻撃の鋭さは、明らかにF級とは違っていた。
──ここに来て、二体目のゴブリンが現れる。飛びかかってくるのを《瞬発力強化》で回避し、胴を一閃。
そして三体目、四体目と連続して接敵するも、危なげなく斬り伏せることができた。
《経験値:520/2580》
(まだまだ、だな)
魔石を回収しながら、俺は深く息を吐いた。
だが、思考は冷静だ。スタミナもまだ余裕がある。
階層が変わるたびに、気配の密度が濃くなっていく。
第二層に突入してしばらく経った頃、前方の通路に、狼の姿を見つけた。
銀灰の毛並み。鋭く光る牙。前脚に力を溜めて低く構える。
《シルバーウルフ》だ。
「……こいよ」
足を構え、《瞬発力強化》を発動。
疾風のごとく距離を詰める。狙いは、咆哮の直後。顎が上がり、無防備になる瞬間だ。
──が、シルバーウルフは即座に横跳びし、攻撃を外す。
(避けた……!?)
咄嗟に追撃をかけるが、奴の敏捷は俺と同等かそれ以上。かすめる刃先を紙一重でかわしていく。
跳ね回る敵に焦らず、じりじりと間合いを詰め、数合の打ち合いを経て──隙を見た。
左へ大きく跳んだ直後、着地の反動で動きが鈍る。
「はああっ!」
振り下ろした剣が、肩口から腹部にかけて深く斬り裂いた。
断末魔とともに、魔石が床に転がる。
《経験値:620/2580》
その後も、慎重に通路を進みながら、魔物を一体ずつ確実に仕留めていく。
二体目のシルバーウルフ。死角から跳びかかってきたが、直前に察知。斬撃を叩き込んだ。
少し進めば次はゴブリンが二体まとめで現れ、こちらを見るなり襲ってくる。
俺は《瞬発力強化》で瞬く間に距離を詰め、一体目の首を刎ねあげた。そして魔石を砕かれた仲間の死骸に気を取られていたところを、一撃で沈める。
《経験値:1020/2580》
気がつけば、第二層の終端にたどり着いていた。
そこからさらに道は下へと続き、より湿度の高い空間に繋がっていく。
第三層。気温が下がり、空気が鈍く重くなる。
(ここからが本番か)
すでに、6体のゴブリン、4体のシルバーウルフを撃破している。
スタミナと魔力の残量にも気を配りながら、少しずつ前へと進む。
第三層に入ってすぐ、左手の通路に一体のゴブリンが待ち伏せていた。
振るわれた短剣を紙一重で避け、逆に剣を突き立てて討ち取る。
《経験値:1100/2580》
そしてその直後、反対側の通路から、二体のシルバーウルフが同時に姿を現す。
「……っ、また二体同時かよ!」
咄嗟に後退して間合いを取る。
一体を正面に、もう一体は側面から回り込むようにして包囲してくる。
それぞれが、F級ボス級の戦闘力。正面からまともにやり合えば危険すぎる。
だが、今の俺には《瞬発力強化》がある。
まずは、回り込もうとする一体に向けて爆発的な速度で詰め寄り、肩口を斬り裂く。
反転して、もう一体の牙を滑り込むように回避。そのまま脇腹に剣を滑らせる。
吠え声とともに、両者が苦しみながら後退した。
最後は、一体ずつ確実に仕留めた。二体とも倒し終えたとき、全身に汗が滲んでいた。
《経験値:1400/2580》
その後も慎重に進み、三体目のシルバーウルフと戦闘。
負傷しつつも撃破し──ようやく、第三層の終端にたどり着く。
《経験値:1580/2580》
ゴブリン七体、シルバーウルフ六体。
剣の切れ味は落ち始めていたが、まだ戦える。
消耗も大きくなってきていたが──それでも。
(いける……もう少しで、次のレベルに届く)
俺は深呼吸を一つ。回廊の奥に続く闇を、静かに見据えた。
(このまま、進む)
第四層に足を踏み入れると、空気の質が変わったのをはっきりと感じた。
濃密な魔力が漂っている。天井はさらに低く、光も届きにくい。踏み込む者を拒むような圧が、肌にまとわりついてくる。
そして──
(……あれは)
視線の先、通路の奥で待ち構えるように立っていたのは、ゴブリン──だが、見慣れたゴブリンとは装備が違っていた。
左腕に丸い鉄製の盾。右手には短剣。体格もわずかに大きく、目つきも鋭い。
「……盾持ちか。厄介だな」
回避に徹すれば戦えない相手ではない。だが、正面からの攻撃は通らない。不用意に踏み込めば、隙を突かれる。
少しだけ距離を取りながら、魔石の位置を見極める。通常のゴブリンと同じく、腹部の奥──そこを突けば倒せるはずだ。
(狙うのは……隙だらけの足元)
呼吸を整え、《瞬発力強化》を発動。
爆発的な加速で一気に距離を詰め、盾で上体を守る前に、足を狙って踏み込む。
ゴブリンが反応しきれないうちに、剣が膝を割った。
ぐらついた体勢に、さらにもう一撃。盾が上がる前に胴体を横薙ぎに切り裂く。
盾を落としたゴブリンが、呻きとともに崩れ落ちた。
《経験値:1800/2580》
(経験値の入り方が違う──明らかに強化個体だ)
魔石を拾い、警戒を緩めずに進む。
第四層の中盤に差しかかろうとしたその時、妙な気配を感じて足を止めた。
岩の裂け目の奥。じっと、こちらを見つめてくる気配。
──現れたのは、一体の異形。
瘦せ細った身体に、白い仮面のような──感情の欠けた、無表情な顔。
両腕は異様に長く、指先には鋭い鉤爪が突き出ている。
(……ブラッドマンだ)
知っている魔物だ。F級では見かけることはないが、E級以上では時折報告がある。
気配を殺して忍び寄り、鉤爪で背後から急所を狙う、いわゆる暗殺型の魔物。
だが今回は、真正面から堂々と姿を現してきた。
「……やる気かよ」
遠慮なく《瞬発力強化》を展開し、接近戦に持ち込む。
相手の腕はリーチがあり、爪の一撃は致命傷になり得る。だが、動きそのものは予測できる範囲だ。
回避と斬撃を重ね、距離を詰めて胴を一太刀。跳び下がる敵を追撃して、肩口から首元を断ち割る。
甲高い悲鳴を上げて、ブラッドマンが崩れた。
《経験値:2280/2580》
魔石は、体内深く──胸の奥に埋まっていた。慎重に引き抜き、袋に収める。
(コイツだけは複数出ると厄介だな。でも、経験値は高い)
気を取り直して進んだ先、通路の分かれ目で最後の魔物が姿を現した。
銀灰の毛並み。鋭い牙。さきほどの第四層で倒したシルバーウルフと、同じ種族だ。
動きに迷いはない。真正面から突進してくる。
「……来い!」
応じるように剣を構え、《瞬発力強化》で迎撃。
高速の交錯。剣と牙が空を切る。一歩後退して距離を取り、側面から回り込んで斬りつける。
狼の断末魔とともに、床に転がった魔石を拾い上げた。
《経験値:2380/2580》
(あと少し……)
通路の奥に、かすかに獣の匂い。
追加で二体のゴブリンがやってくる。小柄だが、鋭い目つきでこちらを見据えている。
だが、構える間もなく間合いを詰め、一閃。
鮮やかに喉元を貫いた。
──《レベルアップ》
戦いを重ねるごとに、確かな自信が積み重なっていく。
そして、今の俺なら、さらなる力を手に入れられる。
「ようやく手が届く……《雷魔法》だ」
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