おもいでばこのある風景。

@sanagu

第1話 開かれた“たまてばこ(おもいでばこ)”

息子:悟


様々な趣味に手を出しながら、この歳まで独り身を続けてきた。

自由と言えば聞こえはいいが、同年代の友人たちが家族や子ども、住宅ローンに振り回されているのを横目に、なんとなく自分だけ取り残されているような、そんな感覚を抱える日も増えてきた。


久しぶりの週末、実家に帰った。

といっても特別な理由があるわけではない。月に一度くらいは顔を出しているし、両親も「どうせ暇なんでしょ」と言いつつ嬉しそうにしてくれる。


その日は雨だった。

テレビをぼんやり眺めながら、ふとリモコンを探してテレビ台の下のラックを開けたときだった。


白くて角が丸い、どこかかわいらしい箱がそこにあった。


「……あれ? これ……」


記憶の奥に、微かに引っかかる感触がある。

そう、ずいぶん前に自分が母にプレゼントしたものだ。

写真は好きなのにデジタル機器にはてんで弱い母のために、テレビで見られるようにと奮発した“便利グッズ”。名前は……なんだったか。確か、「おもいでばこ」。


しばらくは帰るたびにこれで写真を見せられていたが、最近はまったく話題に出なかった。

ただ、見たところきれいになっていて、リモコンもすぐに取り出せる状態だった。使ってくれてはいるようだ。


なんとなく、電源を入れてみた。

リモコンの電源ボタンを押すと、すぐに画面が表示された。

おもいでばこのホーム画面にも写真が表示されている。


1枚は、数年前の旅行写真。母と父が観光地でピースをしていた。

もう1枚は、自分が小学生だった頃の運動会。

最後に、自分がまだ生まれてもいない頃の家族写真。


思わず懐かしくなって、メニューにあった「おもいで散策」を選んでみた。

するとランダムに写真が表示されたが、その中の1枚に目が留まった。


自分の部屋の中で、プラモデルを組み立てている幼い自分。

隣には、完成したガンプラを誇らしげに掲げている父の姿が写っていた。


「……これ、いつ撮ったんだろう」


まったく記憶にない。でも、どこかで見たような情景。

写真の中の父は、今よりずっと若いけれど、楽しそうに笑っていた。


思わず声に出すと、背後から母の声がした。

「それねぇ、あんたが買ってくれたやつ。懐かしいでしょ?」


「うん……ていうか、これ、俺知らない写真ばっかりだけど?」


「そりゃそうよ。あんたが生まれる前のもあるし、こっそり撮ってたのもあるし」


母はそう言って、ちゃぶ台の前に座ると、静かに画面を見つめ始めた。


「最近は使ってないの?」


「ううん。見てるわよ。前みたいに“これ見て!”って言わなくなっただけ。落ち着いたっていうのかね、私も」


「でも、これ……なんか、すごいな」


悟はリモコンを手に持ったまま、画面から目を離せなかった。

過去の風景が、どこか懐かしいBGMとともにスライドショーで流れていく。

だけどそこには確かに、「家族の時間」が残されていて。


自分の中ではすっかり忘れていた“おもいで”が、

まるで開けた瞬間に記憶が飛び出す“たまてばこ”のように、

色鮮やかに家族の物語を語り始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る