第二章
第16話:ギルドオーダー
「……
ギルドマスターのバルド・ガルネスは深々と頭を下げていた。
年の頃は50代後半ぐらい。片眉の下に刻まれた古傷と、灰色に染まった短髪が特徴のこの男は、執務室の机に手をついて平身低頭の意を示している。
部屋にいるのはバルドと秘書。
その対面には貴政とクゥ、ローブを纏った
貴政はぽりぽりと頬を掻く。
上下関係が非常に厳しいサツマ社会で育った彼としては、こんな明らかに年上で、その上地位の高そうな人に謝られるのはひどく居心地が悪かった。
よって「いやいや、そう言わず……」と思わず謙遜しそうになるが、まるで心を読まれたみたいに、その向こう脛をげしっと蹴られる――今は演技に集中しなさい!――ミュウの瞳は、そう告げていた。
「まさか貴殿が、ヒーズルの高僧であるとはいざ知らず。一方的に攻撃してしまったこと、改めて謝罪させてほしい」
「顔を上げなされ、西方の人。おいど……拙僧は、別に怒ってはおらぬ。この通り、元気でありますゆえ」
そう答えた貴政の服装は、今までのような裸一貫ではない。
彼は
もちろんこれは変装なのだが、バルドは信じてくれたらしい。
彼は自らの命令で異国の僧侶を殺したかけたことを後悔しているようだった。
一方、彼の傍らに控える秘書、リシェルはというと……
この胡散臭い珍客と、何よりそれを連れて来た少女に懐疑的な目を向けていた。
「失礼ですが、
彼女は眼鏡をクイッと上げて、袈裟を纏った
「1つお聞きしてよろしいですか?」
「うむ、もちろん」
「では率直に。
「あー、いやいや。いいのでごわすよ」
「ですが、恐縮ながら、その原因の一端はあなたの方にもあったのでは? なぜ今のように服を着ず、裸で過ごしていたのです? どうして少女を保護しながらも我々と接触しなかったのです? 文化の違いはわかります。にしても、あなたの行いには不自然な点が多すぎる」
「むぅ、それは……」
「まさかとは思いますがメシヤ様、我々に何か隠しているのでは?」
秘書の眼光が鋭くなる。
貴政は「ぬぅ」と唸ってしまい咄嗟に言葉が出なかった。
しかし、ごほん、と咳払い。
それをやったのはミュウだった。
「ねえ、秘書女。あんたの態度、この方に対しひどく失礼よ」
「私は今、彼と話しています。あなたは黙っていてください」
「それが失礼と言ってるの。メシヤ様はこの国の人間じゃないから、まだまだ言葉が不自由なのよ。それを考慮せず詰問するのは感心しないと思うけど?」
「では、あなたならば説明できると?」
「ええ、あらかたは聞いてるわ。そうよね、僧侶サマ?」
「あー、うむうむ、そうだとも。後は頼んだでごわすよ、ミュウ?」
貴政は冷や汗を掻き、言った。
彼からの許可を得たミュウは、極東の国ヒーズルの高僧〝メシヤ・タカマサ〟のバックストーリーを大まかに解説し始める。
なんでも彼女の話によれば、この国に着いた彼は入国早々、野盗に身ぐるみを剥がされてしまったという。
もちろん彼の実力ならば、野盗の集団を一掃するなど朝飯前であったろう。
だが相手には人質がいた。
それがエルフの少女であった。
隙を見て少女を連れ出して森に落ち延びたメシヤ・タカマサは、その後自らの信念に従い、死の淵にいるか弱き者を守り抜くことを決意した。
自らの服を作る暇も惜しみ少女の介抱に時間を費やしたタカマサは、野盗の襲撃を警戒し、他の人間との交流も意図的に避けるようになっていった。
「――っていう、経緯があったわけ」
ミュウは説明を締めくくる。
リシェルは何かを言おうとしたが、バルドがそれを手で制した。
「なるほど、それでかの森に隠遁していた、と。さすがは高僧殿ですな」
「いや、高僧ってほどでもない。おいど……拙僧は、ごくごく普通の、どこでにでもいる僧にごわすゆえ」
「謙虚な方でもあられるようだ。して、この後の予定はいかに?」
「うむ、実は、そうですな。正直なことを言いますと、拙僧は故郷を追われた身でして、もはや行く当てはないのでごわすよ。しかし、それならば、このクゥだけでもなんとかしてやりたい気持ちでごわす」
「エルフですか。それは難儀ですぞ。本来、彼らは大陸の果てに小さな国を持つ種族。少なくとも、このアーネストでは同族は見つからないでしょう」
貴政はフムと顎に手をやった。
どうやら、この世界のエルフというのはメジャーな種族ではないらしい。
「そもそも、それほど幼いエルフがこのような場所にいたこと自体、何かしらの陰謀が疑われます。具体的なことはわかりませぬが、その子が着けているその首輪、それは非常に強力な魔道具です。本来であれば罪人などに着ける類のものですが……」
「罪人? この子が?」
「無論、そうとは限りません。だが何かしらの厄介事に巻き込まれているのは間違いないでしょう。もし本当にその子のために行動したいと思うのであれば、まずは自身の生活基盤を固めてみてはいかがかな?」
バルドの言うことはもっともだった。
サツマで培ったサバイバル技術を駆使して、この一ヶ月間なんとかクゥを食いつながせることには成功した。とはいえ、それは一時しのぎ。より清潔な衣服や住居、それに薬など、必要なものは山程あるのだ。
(しかし、おいどん元は学生だしなぁ。労働経験ゼロにごわす)
貴政は顔を暗くした。
こんな自分にもできる仕事など、果たして、この世界にあるのだろうか?
「難しく考えることはありませぬ。貴殿の長所を活かせばいい」
すると心境を見透かしたようにバルドが声を掛けてきた。
「手短に言うことにしましょう。異国の高僧メシヤ・タカマサ殿、我々のギルドに登録し、人類の道を切り拓く〝冒険者〟となりませぬか?」
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