3話 口車にご用心

《おはようございます! 東京もだんだん寒くなって来ましたね! 私も朝はなかななかベットから出られないんです!》


 朝焼けに照らされた高層ビル街。それを右手に見ながら、私はルーティンのおはようポストをした。タクシーに揺られ、車窓をぼんやりと眺めた。片手には朝マ〇クのハンバーガー。


 この前のスペース……恭くんが私に聞いてきた恋愛経験がないことへのアドバイス。

 今までの彼のポストは「凛ちゃんだけいてくれればいい!」とか「凛ちゃんに文〇砲があったら、発狂するわ」って感じで、現実の恋愛を意識した内容は皆無だった。

 恭くんを3年半も見てきたけど、女の子にモテないのが不思議なくらいだ。身長は私よりちょっと高いぐらい、でも愛嬌のあるカワイイ顔をしてるし、とっても優しい。フォロワーだって4000人もいる。 


なんとなくいつまでも私の方を見ててくれるって思っちゃってたのかな? 頭が白いモヤで覆われてるみたいだ。


あ――――――もうっ! ダメダメ。こんなんで落ち込んでちゃ! 私はプロのエンターテイナーなんだから!


 ヤバい、ドックンドックン胸の鼓動がドンドン早くなってくよ。落ち着け私。今日は大事な日なんだから。



なんで私はこんなに緊張しているのか……それは数日前に遡る……




☆☆☆☆☆☆



「桜にああ言ったけど、どうしたらいいの? 握手会でアドレスを手に忍ばせるとか……でもバレずに出来る自信ないし~」


スペースの翌日。私はベッドの上で悶々と過ごしていた。行動しなきゃ始まらないって、桜はアドバイスしてくれたけど……具体的にどうしたらいいのか。

 握手会は係の人や警備員が詰めて見張ってるから、不審な動きはすぐわかっちゃう。じゃあどうすれば? 恭くんが住んでる場所は大体わかるから、最寄り駅で待ち伏せして正体を明かす? いやストーカーか! 重すぎてドン引きされるわ!


 う~ん……どうしようかなあ―――いい考えがまとまらないよ~


 寝室を歩きながら行ったり来たり右往左往。自分から動かないと何も始まらない、でもアイデアが思いつかない。割と八方ふさがりじゃない?


 ピコン


 「ん?」


 恭くんからDMだ。最近仕事が忙しくてリプ送れてなかったし、裏アカ更新できてなかったんだった。


 『フラワーさん。 最近忙しいんですか? なんか全然TLに出てこないなって思ったら1週間も呟いてないし……見たら返事ください』


心配してくれたんだ。ここ数日、家と仕事と学校で生活で生活が完結してて、裏アカまで見る余裕がなかった。


『ありがとうございます! 最近は勉強や学校行事で忙しくてストップしちゃってました! ご心配おかけしました』


ん?




その瞬間……私の脳裏に一つの考えが舞い降りた。

 

そうだ! 私にはもう一つの顔がある……「フラワー」。恭くんと2年も会話している私のオアシス。


恭くんは前からフラワーに会ってみたいって、言ってくれてたよね? これを利用出来るかも知れない。


 今までは、全くそんなことは考えてもみなかった。だってそんなの「実はフラワーは私でした—!」なんて言ったところで、騙してたって幻滅されるか、最悪ファンをやめちゃうんじゃないかって思ったから。

 変装したところで恭くんにはさすがに気付かれちゃうんじゃないかって、最初から問題外だった。

 でも私、ドラマの仕事もするようになって、演技の才能あるっていろんなとこで言われてるんだ。もしかしたら案外上手くいくかもしれない。このまま指を加えてみてるより行動を起こさなきゃ! 今のままじゃ距離が離れて行っちゃう一方だ!



ヤバい手が震えてきた。なんて打とうかな? 「もし来週の土日にご都合宜しければ」ダメダメ硬すぎるよ。「守護神さん!週末空いてますか~?」違うな。


「守護神さん。この前私と会ってみたいと言ってくれましたよね。私とても嬉しかったんです。私はリアルだとそんなに友達多い方じゃないですし、あまり自己開示できる性格でもないから、会ってもつまらないかもですが。もしよろしかったら今度の土曜日、会いませんか?」


はやる気持ちを抑えて、打ち込み、恐る恐る送信ボタンを押した。あっ! 既読になった。すぐに返信書き込み中の表記に変る。


『ホントですか! 嬉しいな。いつかフラワーさんとゆっくりお話ししてみたいと思ってたんです。もちろんOKですよ~土曜日楽しみにしてますね』


「―――――――っ!」


 OKが来た。ってことはホントにアイドルとしてじゃなくて、恭くんのオタク仲間として会うんだよね。うわーどうしよう。どんな変装していこうか? 悩む――――


何やってもボロが出そうで怖いよ。


そうだ! 桜に相談しよ! 一人で考えるより少しはマシになるはずだ!








☆☆☆☆☆



 土曜の朝。私は私鉄の駅前に立っていた。スマホを見ながら時間をチェック。8時44分。休日だからか人通りもそれなりにある。なんか周りを通っていく男の子たちが私を見ていく気がするけど気のせいかな? バレてないよね? 完璧に変装してるんだし。


          ピコン


《着きました えーっとフラワーさんは……ごめんなさい どこにいます?》


え? はっきりわかりやすいとこに立ってるけどな。改札見たら恭くんいるじゃん。わ―――私服久しぶりに見たな。いつも私のTシャツ着てくるから新鮮。Tシャツも私服か。


《ああ、改札の前でフードに黒いマスク着けてスマホ持ってるのが私です》


すると恭くんは指で駅前広場にいる数人の女の子を確認した後、驚いたような顔をした。


「え……フ……フラワーさん?」


「あっはい! 初めましてフラワーです」


 いつもと声色を変える。バレたら大変。あれ? 恭くんは目を丸くして固まっている。 

どうしたんだろ。こんな格好の娘、街中行ったらそこそこ歩いてるよ。


「えっと、どうかしました?」


「あ、いや……なんかイメージと違うな~って。何て言うか……フラワーさんってめっちゃ、ギャ、ギャルなんですね」


「〰〰〰〰〰!!」


顔が青ざめてる! え? ダメだったこれ? 一昨日桜に絶対バレないからってアドバイスしてもらったやつだけど。ちょっと待って冷静になれ。自分の格好を見返そう。



私は今の自分を静かに見まわした。金髪ウィッグ・黒マスク・カラコン・ポップネイルに厚底ブーツ。


あ……これオタクと一番親和性薄いやつだ……やっちゃったあああああああ。


多分バレないかもだけど、明らかにドン引きしまくってる!! 桜、あの娘。もしかしてわざとじゃないよね! 

恭くんの目、泳ぎまくってるし。こっからどうしたらいいの?


正体を隠した初のデート(仮)。それは始まりから、いきなりズッコケてしまったのだった。盛り返せるのかなあ





◇◇◇◇◇




(あれ絶対にバレないよね~ひなりんは奥手だからインパクトが必要だよ~! ふふふ! 良いことした後には、ご飯が美味しいな……ん~ただ恭くんってオタクっぽいからああいうの苦手だったかもなあ)




























 




























 












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