Silens&Silentia シレンス・シレンティア

宮本葵

Prologue -battle-

「カチッ……」

 という、小さな音が響いた直後、銃口から閃光が走った。無音銃の光線が空気を裂き、何かを焼いたような匂いが漂う。

 ここは学校だ。しかも、生徒が普段立ち入らない特別教室棟。その廊下で、静かな戦いが繰り広げられている。

 特別教室棟には化学薬品や工作用の器具など、万が一暴発すれば大事故になりかねない危険物がある。だが、そんな物理的な脅威よりも、今はもっと恐ろしいものが迫っていた。

 ――他校の組織。それも、僕たちの組織の人数をはるかに上回る者たちが、戦闘訓練を受けているような動きで侵入してきた。

 同期や先輩が次々と倒れていく。無音銃の光も、無線の指示も、今はどこか遠くに感じた。

 僕は、ただ物陰に隠れていた。

 手が震えていた。耳につけた通信イヤホンはノイズを拾ってガリガリと鳴っている。マイクのスイッチには触れられなかった。怖かった。ただ、ただ、怖かった。


「どうすればいいんだ、僕は……。何もできない……。」


 心の奥から湧き上がる声は、ひどく情けなくて、でもそれが本音だった。

僕はもともと、こういう性格なのだ。気が弱くて、目立つのが怖くて、人前で意見を言うことすら苦手だった。

 そんな僕が――銃を手にして、爆薬の扱いを覚え、暗闇の中で動く訓練をしていたなんて、今振り返ると夢みたいだ。

 でも現実は、これだ。足がすくんで動けず、仲間が倒れていくのをただ見ているだけ。


「……」


 そんな僕の通信機からノイズ交じりの声が聞こえた。


『……ッ、宮本……聞こえるか?』


 先輩だった。憧れの、強くて優しくて、いつも先頭で戦ってくれた先輩の声。


『……お前だけでも、逃げろ……。記録装置は……旧校舎、地下1階の…オペレーション室の…モニター裏にある……データ……守れ』

「せ、先輩……!?」


 応答しかけたその瞬間、通信がブツリと途絶えた。

 同時に、数メートル先で“バタリ”と何かが倒れる音がした。見なくてもわかる。先輩が……やられた。


「……う、うそだ……」


 喉が詰まりそうだった。目の奥が熱い。でも、泣いている暇なんてない。

 僕は、震える手で無音銃を握り直した。ここで、逃げるのか? それとも――。

 ――先輩が託してくれた「記録」を守るために、僕にできることがあるのか。


 ほんの少しだけ、足に力が入った気がした。

 その決意を持って、記録を守りに行こうとした時、不意に廊下の向こうから、足音が近づいてくる。複数人の敵だ。五人ほどがこっちにくる。


(……考えろ。逃げるんじゃない。守るんだ、記録を!)


 息を潜め、ゆっくりと立ち上がる。

 誰にも気づかれないよう、特別教室の壁に沿って、旧校舎へ向かって走った。あと20メートル。10メートル……。

 だがそのとき、不意に横から人影が。


「――見つけたぞ」


 振り向く間もなく、目の前に立っていたのは――あの男だった。

 あの日、最初に僕に攻撃を仕掛けてきた。記憶操作される前、何かを言いかけたあの男――。


「君だけは、絶対に逃がさない」


 無音銃を構える暇もなかった。男の手が動いた瞬間、視界が揺れた。

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