第35話 少年洞窟探検隊
前回の山狩りから一か月が経過した。
将来のことで悩みは尽きないが、今はそればかりを考えていてもしょうがない。
母に心配を掛けていることに気付いてから、僕は問題を先送りにすることに決めて考えないことにした。
数年後のことだし、その時の僕がきっと決めてくれる。
そしてちょうど一巡りした今日もまた、恒例となった月に一度の鬱々とした日がやってきた。
「お前ほんと嫌そうだよな。毎回さ」
前を歩いていたヴィリムくんが歩く速度を落として僕の横に並ぶと、呆れた様子で話しかけてきてくれた。
最近は訓練でも良く話すし、真っ先に組手の相手に僕を指名してくれるヴィリムくん。
僕は彼と仲良くなったつもりでいるのだが、当の本人はどう思っているのだろうか。
同じように思ってくれているといいけど。
「足は引っ張んなよ」
……そう思ってくれてたら嬉しいな。
ヴィリムくんはそれだけ言ってさっさと一番前の列に戻ってしまった。
これから始めるゴブリンとの戦闘と、中々進展しない交友関係に頭を無駄に悩ませたせいか、僕のお腹がカロリーを求め始めた。
僕が懐に忍ばせていた固い干し肉を取り出そうとしたその時、後ろからの気配に掴んだ干し肉を懐の中で手放した。
「おい、リオン。ヴィリムとなにかあったのかよ」
ヴィリムくん並みのその口の悪さに僕はお腹の虫を鳴らしながらその子の名前を呼んだ。
「ミシュランくん」
「リグランだ!」
そうだった。
ごめん。お腹空いてたから。
「ごめん。お腹空いてたから」
「またそれかよ!」
ミシュランくん改めリグランくんが声を抑えながら声を荒げた。
君器用だね。
「最近ヴィリムと仲いいのか知らないけど、自分が真面にゴブリンも倒せない腰抜けだってこと、忘れんなよ」
どうやら彼は僕に釘を刺しにきたようだ。
前回の「調子に乗るな」というなんともお決まりな台詞を思い出した。
こんな時分から派閥争いだなんて、戦闘民族も大変だ。
「前も言っタけど。僕はリーダーになるつもりなんてないよ」
僕にとってはくだらない論争だ。
将来、この村にいないかもしれない僕がこの集団の先頭に立つことはないだろうから。
リグランくんが黙ったまま僕をじっと見つめる。
やだな。ちょっと恥ずかしい。
「本当に分かってるのかよ」
「どういうこと?」
「なんでもねぇよ」
不貞腐れたようにリグラン君は僕を追い越してヴィリムくんの隣に並ぶと楽しそうに彼と話し始めた。
言葉の意味を計りあぐねて僕は首を傾げる。
ぐぅ~。
そうだった。僕は今お腹が空いてたんだ。
僕は急いで取り出した干し肉にかぶりつく。
うん。悪くない。
空腹は最高の調味料というが、言い得て妙だと僕はその味を噛み締めながら固い干し肉を咀嚼し、ごくりと呑み込んだ。
そう言う意味では食べるまでステイさせてくれた……えっとあの子、そうミシュラン君に感謝だ。
彼が僕の干し肉に最高のスパイスを掛けてくれたのだ。
ありがとう。ミシュランシェフ。
◆
「俺はしばらく近くをうろついとくから。後は各自でゴブリン狩りなり組手なりしてろ」
突然の監督放棄宣言に僕の口があんぐりと開いた。
いくらゴブリンが弱いとはいえ、保護者が離れるのはどうなんでしょう。
僕たちまだ十にも満たない子どもなんですが。
そういってアメコミヒーローばりの跳躍を見せたエクルットさんが僕たちの傍から言葉通りに離れて行ってしまった。
「おい、リオン。ゴブリン探しに行こうぜ」
「え。えっと……組手にしない?」
「やだ。ゴブリン狩りだ」
あら、なんてわがままなバーバリアンなんでしょう。
僕はせっかくゴブリンを殺さなくていいかも、なんて甘い誘惑に惑わされていたが、そんな甘ったれた僕の考えをヴィリムくんは許してくれそうになかった。
開けた山の中で子どもたちが各々やることを決めて動き始めていた。
組手を始めた子たちを見て僕はいいなぁ、と羨まし気に目をやると、ヴィリムくんが僕の首根っこを掴んでどこかへと連れていく。
「おっ。面白そうだな!俺もいくぜ!」
「ポランくん!」
「ちっ」
僕とヴィリムくんを見たポランくんが僕たちに近づいてきてやんちゃ坊主な笑顔を見せた。
ポランくんがいれば百人力だ。きっと僕の出番はない。
「おまえが来ると片っ端からゴブリン狩り尽くすだろうが」
「ダメなのか?」
「こいつの特訓にならない」
「……なるほど!」
「ほんとに理解してんのかよ」
手をポンっと叩いたポランくんに怪訝な顔を見せるポランくん。
どうやら僕のヘタレ根性を叩き直そうとしてくれているらしい。
そして多分、僕の魂胆も見抜かれている。
僕ってそんな分かりやすいのかな。
「いいか。やる気になるのはいいが、こいつにも獲物残しておけよな!」
「もちろんだ!俺に任せろ!」
「……ほんとに分かってんのかよ」
「よろしくね。ポランくん」
僕たちは三人でゴブリンを探して山の中を散策することにした。
しばらく歩いていると、先月の山狩りの時にゴブリンたちと戦った洞窟のある場所に僕たちは辿り着いた。
「ここってあの時の洞窟だよね」
「最近ゴブリンがやたらと少ないからな。ここならなにかあると思ったんだ」
「なるほど」
ヴィリムくんらしい冷静な判断だ。
今日もゴブリンが中々見つけられないからエクルットさんは僕たちに自主練習を課したわけだし、探すとしたら元巣穴に足を運ぶのも分かる。
まぁ、いないとは思うけど。
「おーい。中入ってみようぜ」
ポランくんが一足先に洞窟の前に立って、その空になった巣穴を覗き込んでいた。
そして僕たちの反応を待つ前に、中へと入って行ってしまった。
「僕タちもいこっか」
「あぁ」
僕とヴィリムくんもそれに続いた。
「暗くてなにもみえない……」
じめっとした洞窟の中は当然薄暗く、奥に行けば行くほど太陽の光が届かない暗闇となっている。
僕が目を凝らしていると、突然隣から柔らかい光が現れて、僕はそれにびっくりして目を細めた。
その光はヴィリムくんの指先から浮かび上がっていた。
「魔術使えばいいだろ」
「……」
僕は然も当たり前かのように言うヴィリムくんに嫌な顔を向ける。
誰もが自分と同じことができると思わないで欲しい。
僕は魔力を外に出すのが苦手な体質らしく、彼のような放出系の魔術は使えない。
それはきっと肉体強化の適性の高いポランくんも同じはずだ。
「おっ。テーブルの下照らしたら銅貨落ちてた。ラッキー」
……裏切者め。
僕は何ともなしに魔術で部屋の中を照らしているポランくんを見て悲しい気持ちになった。
せっかくの異世界なのに魔術らしい魔術使えないなんてっ。
「まぁ、元気出せよ」
「……」
僕はヴィリムくんの励ましに力なく項垂れるしかなかった。
洞窟内は中々に広く、通路は僕たち三人が横並びに歩いてもまだ余裕がある。
大人四人くらいはいけるだろうか。
そんな広々とした洞窟の中はいくつもの部屋が存在し、所々に生活感が感じられた。
たかがゴブリンと侮っていたが、これを見ると原始的だがそこそこの知性はあるのだと、認識を改めた方がいいのかもしれない。
寒冷地への適応でその知能を向上させたのだろうか?
僕は少し感心してしまった。
とはいっても火の扱いの痕跡が残っているだけで、他はこれといった文明の利器は見られない。
転がる武器も恐らく戦泥棒の盗品だろう。
状態の悪さがそれを物語っていた。
僕は壁に走ったミミズのような剣の跡を横目にその部屋を後にした。
ある程度の部屋を見学し終えた僕たちは洞窟の最奥に辿り着いた。
「なにもなかっタね」
「だな。ゴブリンもいねーし」
「俺は小遣いゲットしたぜ!」
「どこで使うんだよ」
「ははは……」
ヴィリムくんが訓練になればと思って訪れたこの洞窟も結果は空振り。
あれだけうじゃうじゃいたゴブリンが今では嘘のように現れなくなった。
冬眠にでも入ったのだろうか?聞いたことないけど。
これには戦闘狂集団の子どもたちには不満が募るばかりだ。
僕としては精神衛生的に良いので歓迎なのだが。
そうして僕たちの楽しい洞窟探検は終わりを告げ、みんなの元に戻ろうと出口に向かい始めた時、ポランくんが立ち止まっていることに僕とヴィリムくんが気付く。
「ポランくん?」
「くるぞ」
「え……?」
真剣な表情で暗闇の向こう一点を見るポランくんの様子に、ヴィリムくんが剣を抜いた。
それに次いで僕も剣を抜く。
もう、ここまでくれば僕もヴィリムくんも流石に気付いている。
ゴブリンと似た、しかしそれとは明らかに大きさの違うその気配に、僕たちの警戒心が一層強くなる。
そしてそれは遂に暗闇からその姿を現した。
その姿に僕たちの緊張もまた険を増す。
流石にこれはまずい。
「やっべぇな。ホブじゃん」
成人女性ほどの身長に長い手と胴。
筋量も明らかに普通のゴブリンとは一線を画したゴブリンの上位種。
エクルットさんが戦ったホブゴブリンが僕たちの前に現れた。
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