何を食べているんですか
ギンナン公園の、ログハウスの様にも思える
六月の昼下がり。日々暑くなる陽射しをやり過ごしながら、僕は底辺が曲線になっている三角形の様な形状の物を取り出し、口に放り込んだ。
砂糖の甘味で柔らかくなった爽やかな酸味と、ビター系チョコレートのほろ苦さが共存していて美味しい。
「何食べてるの?」
「ん〜?」
いつの間にか眼の前になっちゃんが居た。
いつからそこに居たんだろう。
一切気配が無かったんだけど。
透明人間なのかな。
だとしたら今なっちゃんが着ている涼し気な白いワンピースも一緒に消えていた事になるけど、どうやったんだろう。
「こんにちは、なっちゃん。あの後大丈夫だった?」
「こんにちは、
「うん?」
何か変なニュアンスが含まれてる気がする。
文字と抑揚、高低も全部同じなんだけどなぁ。
日本語って難しい。
「あの後って何の事かな?」
「忘れちゃった? 昨日放課後に屋上でお話したじゃん」
「あの後って何の事かな?」
「あれ? また時間が巻き戻っちゃった?」
「あの後って何の事かな?」
なっちゃんがゲームのNPCみたいになっちゃった。
昨日あった事も忘れちゃってるみたいだし、顔に浮かべてる柔らかい笑顔も、何だか糊か何かで貼り付けた様に見える。
この世界で、何が起こっているのかな。
でもまぁ、一先ずは再起動をしてみよう。
バグが起こったら、取り敢えず最初は再起動してみるよね。
それで大抵直るんだから、機械って凄い。
「こんにちは、なっちゃん」
「こんにちは、御形くん」
お、さっきあった違和感が無くなってる。
やっぱりバグだったんだ。
にしても、バグが起こった状態で良くここまで来れたなぁ。
ギンナン公園って、なっちゃんの家から2kmぐらい離れてるって聞いたのに。
「いつ僕の眼の前に来たの?」
「さっき」
「そっかぁ」
「そうなんだよ」
良かった。普段のなっちゃんに戻ったみたい。
それじゃあ、もう一度昨日の後の事を訊いてみよう。
「あの後大丈夫だった?」
「あの後って何の事かな?」
「……う〜ん?」
「あの後って何の事かな?」
またNPCになっちゃった。
再起動だけじゃ駄目なのかな。
どうすれば良いんだろう。
取り敢えず立たせたままも何だから、椅子に座らせておこう。
「ぎゃア」
「ん?」
どうしたものかと考えていると、危機感の無い棒読みの感動詞と一緒に、東屋の屋根から何か大きな物が落ちた。
ゴキリって云う鈍い音もした。
一瞬見えた形状からして人型みたいだったし、多分頭辺りから落ちたけど、大丈夫なのかな。
「あ」
「ア」
落ちた物と眼が合った。
物と云うか、
でも、四肢、そして首が
精巧に作られた人形か何かなのかな。
口が動いたし、声も出ていた気がするけど。
ドッペルゲンガー?
あと、何で制服姿なんだろう。
今日は土曜日だから、学校は休みなのに。
しかも丈が凄く短い。
そういうファッションかな?
「よウ、そこなニーチャン」
「うわ生きてる」
人形じゃないし、この語尾がちょっと特徴的な棒読みの声は確実に撫手奈さんだ。
でも、色々な関節と首が折れた様な状態で、人間って生きていられるのかな。
多分無理だよね。
じゃあ、撫手奈さんって人間じゃないんだ。
「引くなヨ。助けておくんなさいまセ」
「どうやって?」
「バラしとくレ。色々とこんがらがらがラ」
「バラバラにガラガラ?」
「鶏ガラ」
鶏ガラ?
美味しいよね。
ん? そうなるとこの場合、撫手奈さんで作る事にならない?
じゃあ、撫手奈さんは人間じゃなくて、鶏だったんだ。
「どうやってバラすの?」
「関節にナ? 部品を接続する為のジョイントがあるんダ」
「どれどれ〜?」
近付いて確認してみると、確かに各関節部分に何かある。
球体関節みたい。
何だろうこれ。
「これを、どうすれば良いの?」
「方向を戻しテ、真っ直ぐ引っ張レ」
「解った」
東屋の外、陽射しの下に置いておくのも可哀想だから、中に運び込んで、机を挟んでなっちゃんと向かい合う様に座らせた。
その後、後ろ方向に捻れて折れ曲がって、
戻す間カチカチ音がしたし、その度に軽い振動もあったけど、これ本当に人体なのかな。
組み立ての必要なフィギュアみたいだなぁ。
最近の鶏って凄いんだね。
「これを……真っ直ぐ───」
結構強めの力で引っ張って見ると、ガコッと云う乾いた音と一緒に手がすっぽ抜けた。
球体関節の先は、
……本当に人体なのかな。
「これを?」
「正しい方向で元の場所に挿し込メ」
「解った」
普段付いている時の様に手を腕に挿し込んでみると、強く引っ張られる様な感覚と一緒に手が腕にくっついた。
ガチンって音したけど、磁石でもあるのかな。
本当に人体なのかなぁ……。
「良シ。次は腕を頼ム」
「あ、うん」
……本当に、人体……なのかなぁ。
「どうしタ? 疑問がありそうだガ」
「……やってる途中って、雑談して良い?」
「構わないゾ。その間、暇だしナ」
良し。
許可も下りたし、もう直接訊いちゃおう。
「撫手奈さんって、人間なの?」
「そうであるシ、そうでないとも云えル」
人間なんだ。
鶏じゃなかったみたい。
そりゃそうだよね。
こんな鶏、流石に居ないよね。
居ても
「認知科学のお話が始まるのかな」
「苦手カ?」
「いや? 聞く分には面白いと思うよ」
認知科学って、色々な価値観との擦り合わせみたいなイメージがあるんだよね。
実際どうなのかは知らないけど、まぁ最終的には『我思う故に我あり』に帰結するって聞いた。
「なラ、面白く聞ける様に励むとしよウ。お話は楽しい方が良いだロ?」
「うん。良し、腕出来た。次は左だね」
何だか楽しくなってきた。
ロボットの組み立てみたい。
「両腕が出来れば後は自分で出来るかラ、そこまでで良いゾ」
「解った」
そうして両腕分が終わって、自分で身体の修理を始めてから、撫手奈さんの話は始まった。
「先に結論から云うト、私は人間ダ」
「そんなビックリドッキリヒューマンは見た事無いけど?」
「それが私の認知だからナ」
「認知科学のお話だ」
自分は人間だって云う認知があるから、撫手奈さんは人間……って事なのかな。
何だか不思議。
でもまぁ、そう云う物だよね。認知って。
「仮ニ、私が人間ではないとすル」
「うん」
「そうなるト、私が人間ではないと云う前提が生まれる訳だガ、ではそれを観測するのは誰ダ?」
「観測する人?」
撫手奈さんが人間じゃないって云う前提を認識出来る人って事だよね。
そりゃあ───
「撫手奈さん本人と、その周囲の人達じゃない?」
「そうダ。他の観測者が存在する可能性は捨て切れないガ、ここではその二つとして考える事にしよウ」
「面倒だしね」
「解り易く疲れ難いお話を心掛けてもいるのでネ」
勉強になるなぁ。
お話って難しいんだよね。考える事が多くて。
「その二者の内、確実に後者……私の周囲の人間達の方が絶対的な母数が大きい訳ダ。だガ、私はその様な周囲からの声や評価を気にして縮こまる様な事はしたくなイ」
「自分を自分で蔑ろにしちゃうからね」
確かに、周囲の人々からの評価と云うのも大事な事ではあるし、色々な事に関わってくる。
だからと云って、それに負けて自分を抑圧していると、どんどん自分が小さくなってしまうよね。
それは、苦しいし、厭だよね。
「そウ。正にそうなのだヨ、
お、僕の名前を呼んでくれた。
嬉しいね。
「故ニ、私は自分が人間であると自分で信じる事にしタ。そうなれバ、誰が何と云おうト、私の身体がどれ程人間離れしていようと私は人間であるシ、人間として存在、生存する事が出来ル」
「自分を、信じるかぁ……」
一見すると傲慢とも云えるけれど、そんな考えがあっても良いよね。
自分の事を自分で信じてあげると云うのは、大事な事だし。
心の中に一本芯が通ってるのも、良い事だよね。
まぁ撫手奈さんの場合、物理的に芯が通っていても
「何だか、子供の自我を形成する過程みたいだね」
「ふム……そうとも云えるのかも知れないナ」
僕の言葉に身体の修理を中断した撫手奈さんは、腕を組み、首が90度左に折れている所為で不思議な状態になっている顎に右手を添えて、静かに考え込み始めた。
「ハッピーバースデーだね」
こう云うのって、考えると楽しいよね。
何の役に立つのかは解らないけど、だとしても娯楽として。
僕の言葉が何か、撫手奈さんの考えの一助になれば良いけど。
「これまでの話を踏まえて、結論を
「つまり、パワー系認知って事だね」
「そうなるナ」
こう云うの、無敵の人って云うのかな。
まぁ実際、斬新な視点と力技な解釈で自我を確立してるし、ある意味では理論武装と云えるよね。
どこまで逆境になっても、最後の最後には自分が信じる自分が居るし。
どこか理論武装の使い方を間違っている様な気がしないでもないけど。
でもまぁ、他人に迷惑を掛けなければそれでも良いよね。
信教にも思想にも自由ってあるから。
これも、我思う故に我ありかも知れない。
「さテ、これによって私は人間であると云う主張は終わった訳だガ……」
両足の修理も終わり、最後に首を真っ直ぐに戻し、
「ん?」
どうしたんだろう。
どこか破損していたりしたのかな。
それも、多分首が。
だとしたら、生命の危機じゃない?
大丈夫かな。
「大丈夫? 何かあった?」
「上手く力が伝わらなくてナ……手伝ってはくれまいカ」
「じゃあ一応訊くけど、抜いちゃって大丈夫なんだよね?」
「構わんヨ」
じゃあやっちゃおう。
撫手奈さんが手を添えていた所に僕も手を添えて、首を傷付けない様にゆっくりと力を加えていく。
でも全然抜けない。
胴体に繋がってる部分だから、特別強く接続する様になってるのかな。
一歩間違えたら壊れそう。
「もう少し強くした方が良いナ」
「みたいだね。身体の大事な部分だもんねぇ」
「だなァ」
もう少し、強く……。
そうして力を込めて行くと、一際大きな音を立てて首が抜けた。
「あっ」
「ア」
抜けたのは良かったけど、その反動で撫手奈さんが手から離れた。
僕の前には首の抜けた撫手奈さんが何故か両手でピースサインをしていて、僕の後ろには僕達のやり取りを昨日と同じ顔で眺めているなっちゃんが居るから───
その軌道の先は───
「あうっ!?」
除夜の鐘と同じ重々しい音を響かせて、撫手奈さんがなっちゃんの頭に激突した。
やっぱり、こうなっちゃうよね。
「グエッ」
あ、撫手奈さんがまた地面に落ちた。
これもこれで痛そう。
「ふっ……!! くぅぅぅぅ……!!」
なっちゃんに至っては、撫手奈さんが当たった所を両手で押さえて、凄い高い声で悶絶してる。
まぁ、撫手奈さんって人間だけど、
取り敢えず、大丈夫かな、二人共。
「大丈夫? 撫手奈さん」
「問題無イ。ガ、出来れば早めに持ち上げて貰いたいナ。顔面を地面に置く事は好まなイ」
「解った」
撫手奈さんを持ち上げて、顔に付いた泥を拭ってから、首を身体に挿し込んだ。
首が抜けた時と同じくらい大きな音で、撫手奈さんは身体とくっついたけど……。
ブッピガァンって音は、どこから発された音なんだろう。
何だか、何かが危ない気がする。
何でだろ。
「あれ……? ここ、どこ……?」
「あ、なっちゃんが直った」
「御形くん……? 私、何でギンナン公園に居るの……?」
呆然と周囲を見回していたなっちゃんは、僕の方を見て、安堵した様に訊いてきた。
でもそれ、僕に訊かれても答えられないんだよねぇ。
「解んない。いつの間にか僕の眼の前に居て、昨日の後の事を訊いたらバグっちゃったんだよ」
「バグ……?」
なっちゃんも解らないんだ。
じゃあ迷宮入りだね。
「
僕の隣に撫手奈さんが立ってる。
良かった。身体は元に戻ったみたい。
「そうだよ。七草のなで、なっちゃん」
「貴女は……」
「撫手奈ダ。
「貴女御形くんの何……? 何で一緒に居るの……?」
「ん?」
急に空気が張り詰めたと思ったら、なっちゃんが撫手奈さんを敵意と疑念の籠もった眼で見詰めていた。
何でだろう。
二人の間に、何か確執でもあるのかな。
「撫手奈さん、なっちゃんに何かした?」
「いヤ? 私からは何もしていないシ、関わりも特には無いガ」
「御形くんと楽しそうに話してたじゃない……私が話す筈だったのに……!」
「う〜ん?」
どういう事なんだろう。
僕と撫手奈さんが楽しくお話していたら駄目なの?
後、あんな心此処にあらずみたいな状態でも、認識と記憶はちゃんと機能してたんだ。
人間って解らないなぁ。
あ、いつの間にか椅子から立ち上がって、右手にカッターナイフ持ってる。
まだ刃は出していないみたいだけど、どこから取り出したんだろう。
ワンピースにポケットとか、見当たらないけど。
四次元ポケット?
「なっちゃん?」
「なぁに、御形くん?」
わぁ
カッターナイフを持ちながら満面の笑みを向けられる状況って、人生でそんなに無さそう。
「知ってる? 銃刀法では、刃の長さが6cmを超える刃物は、お仕事とかの正当な理由無しで携帯しちゃいけないんだよ?」
「勿論知ってるよ? でもね、私は御形くんに付き纏う害虫を駆除するって云う生涯の使命があるの」
「それって正当な理由になるのかな」
「当たり前だよ〜不倫って犯罪なんだよ〜?」
僕に付き纏う害虫を駆除するって云う使命があったら、カッターナイフを携行していても良いのかな。
でもそれ、凄い限定的だよね。
また認知科学のお話なのかな。
なっちゃんからはどんな認知が聞けるんだろう。
楽しみだなぁ。
「御形」
「何? 撫手奈さん」
「耳を貸してはくれまいカ」
耳?
内緒話って云う線もあるけど、撫手奈さんの身体的特徴を鑑みるに、物理的に耳を貸してって云われても不思議じゃ無いよね。
もしかして、あの落下の衝撃で耳の機能が損なわれたりしたのかな。
だとすると、両耳なのかな、片耳なのかな。
個人的には片耳が良いけど。
「それって、物理的に?」
「比喩的にダ」
「御形くんと喋ったね……? 覚悟は出来てるって解釈するけど」
「大丈夫だよ。ちょっと内緒話をするだけだから」
「それのどこが大丈夫なのよ〜!!」
カッターナイフ持ったまま両腕両足をバタバタさせてる。
危ないなぁ。
と云うか、なっちゃんってこんな子だったっけ。
まだバグってるのかなぁ。
「じゃあ、一旦大人しく待っててね」
「はぁい……」
なっちゃんが地面に体操座りしちゃった。
椅子には座らないのかな。
何だか罪悪感。
でもまぁ、ちゃんと待ってはくれるみたいだし、良いか。
「それで撫手奈さん、何のお話をするの?」
「この状況の打開策に関する話ダ」
一応声を小さくして訊いた僕に、撫手奈さんが同じく小さな声で囁いてきた。
「打開出来るの?」
「理論上はナ。確証も無イ」
何だか不安だなぁ。
そう云うのって、一旦実験を挟むべきなんじゃないかな。
いきなり実践って、思い切りが良いね。
「どうすれば良いの?」
「駒牽七草を口説けば良い」
口説く?
口説くって、どうすれば良いんだろう。
「どうやって口説けば良いの?」
「何でも良イ。どうやら彼女は君に恋慕している様だかラ、それを活用してやレ」
恋慕? 恋してるって事?
知らなかったなぁ。
でもそうじゃなきゃ、初対面から自分を僕と結婚する人何て云わないよね。
今考えると凄い事云ってるなぁ、初対面のなっちゃん。
「何だか罪悪感だなぁ」
「やらないと云う選択肢もあル。だガ、それを選択した場合、私の生命の安全は保証されないと考えて欲しイ」
「じゃあやらなきゃだね」
撫手奈さんの生命をどうやったら
でも、どうしようかな。
他人を口説いた事何て無いんだけどなぁ。
取り敢えず、アドリブだけどやってみるか。
「ねぇねぇなっちゃん」
「なぁに御形くん?」
ええいままよ。
「随分と撫手奈さんにご執心だけど、僕の事は見てくれないの?」
「えっ……!? いやっ、えっと……その……」
「だとしたら寂しいなぁ……なっちゃんと話すの、楽しいのに」
「わ、私だってっ、御形くんと話したいよ!? でも君に近付く毒虫が居たんだもん!」
良し、顔が紅潮して、動揺してる。
ここからもっと掻き乱せば、多分行けるよね。
「撫手奈さんは僕の友達だよ。大事な友達を害虫、毒虫呼ばわりされて、僕ちょっと怒ってるんだ」
「え……?」
一瞬固まった後、なっちゃんの顔がどんどん青くなり始めた。
でも何だか、僕の友達に敵意を向けた事よりも、僕を怒らせたって云う方向でそうなってる様に思えるなぁ。
まぁ良いか。もっと揺らして意識をズラそう。
「友……達……?」
「そう、友達。それも大事な。勿論、なっちゃんも大事な友達だよ? でも、親しき仲にも礼儀ありって云う言葉もあるよね?」
「ごめん……なさい……」
消え入りそうな声で、なっちゃんが云う。
でもこういうのって、口だけなら何とでも云えるって云うよね。
「言葉だけじゃ信じ切れないなぁ……本当に反省してる?」
「反省、してます……心の底、から……」
もう顔の色が蒼白何てレベルじゃないし、声も凄い震えてるし、
二度目を起こさない為に、釘を刺しておかないと。
「じゃあ、撫手奈さんにちゃんと謝って、仲直りしてね。じゃないと僕、なっちゃんが僕の友達である撫手奈さんを傷付けたって解釈するから」
「…………」
「……なっちゃん?」
なっちゃんが静かになっちゃった。
なっちゃんが静かになっちゃん。
……面白くないかな?
まぁそれはそれとして、なっちゃん、大丈夫かな。
後悔のあまり、声も出せなくなっちゃったとか?
……あ、違う。
これ過呼吸になってるだけだ。
凄く速い呼吸の音が聞こえてくる。
過呼吸って、だけって云うのかな。
ちゃんとした危機的状況だった気がする。
「私は精神を追い詰めろとは云っていないんだがナ」
「え? でも口説くって自分の思惑通りに相手を説得するって意味だよね? これも説得にならない?」
「超圧迫説得だナ。一旦落ち着かせロ。やり過ぎダ」
「解った」
虚空を見詰めたまま過呼吸になってるし、結構極限状態だよね。
流石にやり過ぎたかな。
やり過ぎたよね。
どうにかして落ち着かせて、謝らないと。
「う〜ん……」
でも、過呼吸を落ち着かせるのって、どうやれば良いのかな。
頭を撫でてみる?
……う〜ん、少し落ち着いたかな。
でもまだ速いなぁ。
「どうすれば良いかな?」
「
「む、背中に強い違和感」
振り返って撫手奈さんに訊こうとしたら、背中を蹴っ飛ばされた。
身体が前に吹き飛ばされて、なっちゃんとハグする様な形で倒れちゃったけど……。
大丈夫かな、重くないかな。
平均よりは下の体重ではあるんだけど。
そもそも、まだ知り合って日が浅い人間とハグって厭だよね。
早く離れないと。
と云うか、何で撫手奈さんに蹴っ飛ばされたんだろ、僕。
もしかして、引いちゃった事、怒ってたりするのかな。
だとしたら、後で謝らないとだなぁ。
こう云うのって、長続きさせるといけないよね。
仲良き事は美しき
「ん?」
あれ?
離れないな。
違う。これ、なっちゃんが離してくれないんだ。
いつの間にか背中に手が回されているし、何か凄い力で捕まってる。
何でだろ。
「なっちゃん?」
名前呼んでも返事してくれないや。
でも、逆に力が強くなったかな?
逆効果だった?
あと、これあれだね、ハグはハグでもベアハッグだ。
生命の危機を感じる。
「なっ……ずなざん……」
「何ダ」
「助けでっ……ぐれな"いがな"……?」
「獰猛なグリズリーベアに自分から向かって行く蛮勇は持ち合わせが無くてナ。申し訳無いガ、私は勇者にはなれないらしイ」
「ぞっ……がぁ"……」
「そうなのだヨ」
その声が聞こえた直後、僕の視界は暗転した。
後の事は、憶えてない。
気が付けば僕は家に居て、自分の部屋の布団で寝てた。
夢だったのかとも思ったけど、起き上がろうとした時に感じた骨が軋む様な激痛は、それが夢の出来事じゃなかった事を如実に表してる。
命で償う事にならなくて良かったけど、いつどこで、どんな理由でそれをなっちゃんに差し出す事になるか解らないなぁ。
なっちゃんの取扱説明書とか無いかな。
このままだと文字通り、命が幾つあっても足りないや。
取り敢えず今日と明日は静養して、明後日会った時にでも謝ろう。
今日はもう動けそうに無いし。
「……あれ?」
上着のポケットに袋で入れておいた筈のオランジェットが無くなってる。
冷蔵庫かな。
まぁ、良いか。
寝よ。
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