転生魔王、科学の発展した世界にて第二の人生を歩む

黒ノ時計

第1話 魔王も人並みに幸せを望んでいた

 俺はラグナ・ヒルデカルド。魔術師の名家に生まれた、いずれ魔王になるようにと言い聞かせられながら幼少期を育った期待の長男である。


 魔王とは悪魔の王という意味にも捉えられるが、この世界では定義が少し異なる。


 魔王とは即ち、魔術と呼ばれるものを極めし者に与えられる栄誉ある称号のことだ。


 そして魔術とは、魔術言語と呼ばれるものを描き、あるいは唱えることにより世界の法則は干渉し超常現象を引き起こすものを言う。付け加えると、魔術を行使する者を一般的に魔術師と呼ぶ。


 超常現象の例としては、何もないところから炎を出したり、飲み水を生成したり、相手の視界を暗闇で覆ったりなど、属性や系統によっても様々なことができる。


 人に得て不得手があるように、魔術を扱う場合でも得意な分野から苦手な分野まで人によりけりとなる。例えば、同じ炎を扱う場合でも、着火すること、着火自体はできずとも炎そのものを操ることなどだ。


 通常、魔術で扱える属性は一人につき一つ、系統に関しても多岐に渡るため個々人に合った教育を施さないと魔術を上達させるのは難しいとされている。


 しかし、低学年生が算数や国語といった共通の教育を受けるように、魔術でも『誰でも簡単に扱える領域』というものが存在する。


 これを初等魔術と呼ぶのだが……。俺の場合は、かなり特殊な立ち位置にあった。


 その、言いにくいのだが……。俺は初等魔術ですらもまともに扱うことはできなかったのだ。


 魔術を扱う際、通常は大気中に存在する不可視の物質、マナと呼ばれるものを体内に取り込みエネルギーとする。マナを取り込める量が多いほどより強力かつ、より物理法則とかけ離れた超常現象を引き起こせる。


 しかし、俺はマナを取り込むどころか感知することすらもできなかった。


 この世界では、魔術が使えることは当たり前であり常識でもある。人に教わらずとも呼吸できるように、マナを取り込み体内でエネルギーに変える機構は既に備わっているはずなのだ。


 なのに、そんな当たり前ができないというのは、周囲の人間からしたら異端であり良い攻撃対象にもなった。


 魔術の名家が息子を学校に行かせないというのは恥晒しになるからと、十歳の折に魔術学園へと強制的に入学させられた。そこで魔術が使えるようにならなかったら、縁を切るとまで言われた。


 そして、当の魔術学園では当然のようにいじめを受けることになった。


『お前、魔術使えないんだってな』


『マナを感知できないというのは、人間ではあり得ません。つまり、君は人間じゃない』


『人間じゃなかったらゴミ? ああ、でもゴミは役に立つからゴミに失礼か』


『ははっ、何それウケル』


 何も笑えない。これで暴力の一つでも振られていたら殴り返すところだが、魔術師という特性上肉弾戦はあまり得意としない。


 俺は魔術が使えないから、代わりに座学や体術の訓練を学園側から課されていた(無論、無理難題なメニューを押し付けられて)。


 それでも、俺は耐え忍んでメニューをこなしていたので周囲の人間は俺が肉体的に強いことを知っている。


 だから手こそ出しては来ないが、周囲から好き勝手に暴言を吐かれ、こちらから話しかけてもガン無視をするという作戦はとても精神的に堪えるものがあったのは間違いない。


 先に話した通り、ウチは代々名のある魔術師を排出してきた名家だ。だから、魔術が行使できない出来損ないの俺を両親は蔑ろにしていた。


 毎食、料理は残飯同然の乾パンと水同然のスープのみ。食事が出てくるだけありがたいと思って、俺は基本的に自宅から程近い森林地帯で狩りをして足りない栄養素を補給していた。


 当然、会話などない。出来損ないと会話するほど両親は暇ではないらしく、基本家では1人きりだ。


 両親に愛情を注いでもらえなかったからだろうか、俺は愛というものが分からなかった。


 それもこれも、全ては俺ができないのが悪いのだ。出来損ないの欠陥品だから、何をしても認められないしゴミ以下の扱いを受ける。


 どうしてこんな世界に生まれてしまったのかと、自分を呪ったこともあった。しかし、いくら世界を皮肉し罵ろうと状況は何も変わらないと程なくして気づいた。


 悔しい、憎らしい……。そう嘆いたところで、誰も痛がらないし、悩みもしないだろう。


 むしろそれを娯楽のように扱い、俺を虫けらと嘲笑うことでストレスの発散に使う。


 ならば、と。俺は自分の力だけでマナに変わる新しいエネルギーを開発することにした。


 全ては、俺を嘲笑い、除け者にしできた奴らを見返すために。


 マナを感知できないから目に見えない状態での観測は困難を極める、というより不可能だ。感じられないものを感じ取るなど、どこかの物好きな仙人にでも修行させればいい。


 ならどうするか? 工夫すれば良いのだ。


 例えば魔術を行使した直後などはエネルギーが解放されて自然へと帰る際にマナも元の状態へと変化する。その際、周囲に拡散される属性に応じた光の粒子こそがマナの素となるエネルギーだ。


 通っていた学校は魔術の研究機関でもあるため、当然ながらエネルギーを集めるための動画もある。俺は、研究施設にあった特殊な機材を盗み……いや、拝借してそのエネルギーを採取、実験を繰り返した。


 幾度となく失敗を繰り返したが、俺はマナから新しいエネルギーを生み出すことに成功した。


 マナではない未知のエネルギーを、俺は魔力と呼んだ。


 俺は自分の体を実験台とし、魔力生成器官となる新しい臓器を俺の細胞から作り出し体内に埋め込んだ。


 結果、自分の細胞であるため拒絶反応は起きず、しかもマナを感知できずとも勝手にマナを取り込み魔力を作り出してくれるようになった。


 最初は魔力を許容範囲以上に取り込んでしまったり、逆に生成できる魔力が少なすぎて体調を崩したりしたこともあったが、長年研究で魔力を安定供給できるようになった。


 そして時は流れ、マナを用いない新たなエネルギー開発の功績と魔術士としての高度な技術が認められて魔王となった。


 それもこれも、全ては両親や虐めてきた奴らを見返すためだったのだが……。一つだけ誤算があって。


 それは寿命だ。俺は魔力を生命エネルギーへと変換することで若く強い体を千年ほど保ってきた。


 しかし、俺を蔑んでいた奴らも、あれだけ酷い仕打ちをしてきた両親ですらも既に土へと還っている。


 つまり、ここまでやってきたことが最後には徒労に終わったということだ。


 魔王として世界に認められたのは嬉しいが、俺はそれよりも馬鹿にしてきた人間たちが悔しがって屈辱に塗れながらごめんなさいと謝罪する姿が見たかったのに。


「……この世界でやりたいことは、もうないな」


 魔術師として頂に到達した今、生きる目的も無くなった俺に長生きをする意味などなかった。


 なので、俺は転生をすることに決めた。己の魂を未来へと飛ばし、新たな命を得て、今度こそ魔術師として大成するのだ。


「さよならだ。今度こそ、復讐などではない俺の望みが見つかると良いな」


 そうして俺は、魔王へと就任したその夜に誰も知らない秘密の場所でこの世を去ったのだった。

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