第3話

 痛みの引いたおでこから手を離すと、私はフローラに詰め寄った。


「ねぇ、さっきの態度は何なの? 何か変だったよね?」

「あぁもう、うっせぇなぁ。お前より変なことなんて、ありえねぇよ」

「あー、何よ、その言い方!」


 私たちはしばらく睨み合う。


 すると――


「レーネちゃんは本当、鈍感ねぇ」


 と、横から声がした。


 奥でいびきをかいていたはずの、戦士――ゼクスさん(28)がこちらへと近づいてくる。


「ガタイのいいおっさんが、よちよち歩きでこっちくんじゃねぇよ。気持ちわりぃーなぁ」


 と、フローラは顔をゆがめ、ゼクスさんの方を睨みつけた。


「乙女に向かっておっさん――だなんて、酷いわぁ」


 と、ゼクスさんはプンプン状態だ。そして、私たちの前まで来ると、膝を外側に開いて、お尻を床にすとんと落とした。


 ゼクスさんは、身長が2メートル以上もあり、屈強な筋肉は鎧すら必要としない。


 服装はジャケットコーデ。頬骨とエラがしっかり張った、彫りの深い顔立ちで、瞳はグレー色。刈り上げた髪は茶色。綺麗に剃った髭は、半日もすれば口周りが青くなる。そのため、まめなゼクスさんは髭剃りとコンパクトな鏡を常に携帯している。


 そんな彼は性別通り――とても男性的見た目。でありながら、心は乙女。仕草なんか、私やフローラなんかより女性らしく、とっても気が利く人だ。


 ただ、まぁ――いびきと寝相は凄いけども。


「は? おっさんにおっさんと言って、何がわりぃーんだよ。このおっさん」


 と、フローラは吐き捨てるように言葉を吐く。


 なんか、いつもより棘があるような?


 私の気のせいかもしれないけど。


 それよりも――


「ゼクスさん、なんで私、鈍感になるの?」


 と、素朴な疑問を投げかけた。


「それはねぇ――」

「おい、ゼクス。馬鹿なこと言うつもりじゃねぇだろうな?」

「あらあら、とっても失礼よぉ。だってあたし、バカなことなんて、一度たりとも言ったことがないもの。だからもう、ぷんぷんよぉ」

「はっ、どうだかな」


 と、フローラは鼻で笑う。

 

「そんなことより早く教えてよ、ゼクスさん」

「おま――」


 フローラは何かを言いかけたが、ゼクスさんに口元を押さえられ、ジタバタと暴れ出す。

 

「フローラちゃんはね、レーネちゃんが自分の村へ帰るって言ったからぁ、怒っちゃったのよ?」

「?」


 ゼクスさんの言葉を聞き、私はつい――首を傾げてしまった。

 

「とっても分かりやすい、フローラちゃんの気持ちに気づいてあげられない――そんなレーネちゃんは、とっても鈍感な子」


 と言われてしまった。そのため、私は少しだけ考え込む。だけど、見当もつかない。だから、フローラの方へと顔を向けた。


 彼女はゼクスさんの手を振りほどいた後、私と目が合った――けれど、すぐに逸らした。


「何で、顔を背けるの?」

「……」


 フローラは口をつぐみ、話そうとする気配がない。

 

「レーネちゃん――それはね、照れてるだけよ。本当、フローラちゃんはたまにすんごく可愛いくなるわよねぇ〜」

「おい、ゼクス。ふざけたことばかりほざくんじゃねぇよ」


 フローラは、恨みのこもった目をゼクスさんに向ける。

 

「もう、いいかげん――素直になったらぁ? このままだとレーネちゃん、本当に一人で帰っちゃうわよ?」


 ゼクスさんがそう言うと、フローラは押し黙った。そして額を手のひらで押し付けると、舌打ちを鳴らす。


 それを合図にか、この場は無言となり――何だか、妙な空気が流れ始める。


 だって、フローラはわりと本気でキレてる。


 だから、気まずい。


 ものすっごく気まずい。


 そのため、何か言おうとしたその時――ふたりがほぼ同時に、運転席へと視線を向けた。


 私は一拍遅れで、気づく。


 モンスターの気配に。


 まだ数百メートル先だが、こちらの方へと接近しているのが分かる。


「何だ、ただの雑魚か。魔王が討伐されたってのに、魔物はまだ、血気盛んだな」


 フローラはそう言うと、浮かしかけた腰を下ろした。


「これでも、だいぶマシになったじゃない」

「そりゃー魔王がおっ死んで半年もたったからな。それより――これなら、ゼクスひとりで十分だろ」

「当然よぉ」


 と、ゼクスさんはにやりと笑みを浮かべ、立ち上がると、運転席の方へと身を乗り出した。


「ゼクス、やってくれるのかい?」


 と、手綱を握っている勇者――アルトさん(19)がそう尋ねる。


 彼は――銀髪の細く美しい髪と、優し気な目元が特徴的。

 整った顔立ちで、とってもさわやかイケメンでありながら、凄く優しくて強い人だ。

 とてもじゃないが、フローラの実のお兄さんだとは思えない。


「うふふ――当然じゃない。アルトちゃんのためなら、なんだってするわよ?」

「そうかい、それは凄く助かるよ。王都へ戻ったら、一杯奢るから」

「まぁ、そんなもの必要ないわぁ。代わりに、夜のご奉仕をさせてちょうだい。もちろん、濃厚な方を♡」

「い、いや――それは、ご遠慮させて貰おうかな」


 そう言って、アルトさんは苦笑する。


「んもぉ、アルトちゃんは本当、欲がないんだからぁ」


 と、黄色い声を上げながら、ゼクスさんは逞しいお尻を左右に動かし始めた。

 

「ゼクス様」


 と、アルトさんの隣に座っていた聖女――ウルカさん(21)がニコリと微笑みながら、こちらの方へと振り向いた。


 純白の聖衣をまとい、美しく腰まで伸びた金色の髪が風にそよぐ。少し垂れた目元はとても優し気で、周囲に清らかな気配を広げてくれる。


 しかし、時々――笑っているのだが、何だか怖いときがある。

 

 今がまさにその時で、何だか圧が凄い……。


「ふざけていないで、さっさと行ってください」


 ウルカさんの言葉を聞き、ゼクスさんは腰に手を置いた。

 

「いっつも、ウルカちゃんはーあたしの邪魔ばっかりするんだからぁ」


 と、不満げな声を出す。


「失礼な。私はただ、勇者様のためを思って発言をしているだけです」

「なにを言ってんのぉ? 自分のためでしょ〜?」

「あら、ゼクス様。喧嘩を売っているのですか?」

「まさかぁ、真実を言っているだけです〜」


 いつものように、二人は火花を散らし始める。


 アルトさんは苦笑いし、フローラは我関せずで本を眺めだした。


「ば、馬車を止めようかい?」

「いいえ、アルトちゃん。そのままで構わないわぁ」


 そう言って、ゼクスさんは魔力を身体全体に流し込むと、運転座席に足を乗せ、大きく跳躍した。

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